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海猫たちの小夜曲
第1章 海猫の街
海岸線を走る電車の窓から、涼しげな風が吹き込み、僕の鼻孔に潮の香りを運んできた。
僕は長旅で疲れぎみの体をゆっくりと伸ばし、その風を胸いっぱいに吸い込んだ。
この車両にいるのは僕のほか、2、3人で、誰に遠慮することもない。
東京から飛行機で1時間半。
そして、今、乗っているローカル線の2両編成の小さな電車に揺られながら1時間。
そこが僕の目的地だった。
八潮津(やしおづ)という小さな漁師町だ。
僕は紺野彰人という。
都内のとある大学で海洋生物に関する研究をしている男だ。
先日、僕は自分の勤める大学から半年間のサバティカルの辞令を受けた。
サバティカルというのは、一般的にはあまりなじみのない言葉かも知れないが、研究者にとってはわりと一般的な制度で、要するに長期休暇のことだ。
ただし、休暇とは言いつつ、実際には、日常の講義やらで、おろそかになりがちな自分の研究を見直す期間になる。人によっては、海外へ調査に行ったり、業績アップのためにひたすら論文を書くやつもいる。
僕はこの半年間を、八潮津の沖のサンゴ礁と、その周辺の海洋生物の調査にあてることにしていた。
近年の地球温暖化で、サンゴの北限はかなり北上していて、本州の沖でもそれなりの規模のサンゴ礁が形成されるようになってきていた。特に、八潮津のサンゴ礁は以前から時間をかけて調査できれば、かなり面白いテーマになると思っていたのだった。