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蘇州の夜啼鳥
第2章 かりそめの恋
「…それは…」
思わず絶句する。
…暁蕾が澄佳に似ていなかったら…
自分は彼女に恋しなかったのだろうか…。

自問自答の答えは、息苦しい沈黙しか生まなかった。

暁蕾が片岡を見つめ、必死に叫ぶ。
「答えてよ!片岡さん!」

その眼差しを受け止め、静かに答える。
「…俺は…。
確かに君が澄佳に似ていたから、恋したのかも知れない。
それは事実なんだろう。
…だから、もしも…という仮定の話は無意味だ」


暁蕾の美しい貌が絶望の色に染まった。
勝ち誇ったように、雨航が唇の端で笑った。
「やっぱりそうなんですね。
貴方は本当のシャオレイに恋してはいないんだ。
…でも、シャオレイの傷が深くなる前に分かって良かったです。
シャオレイ、行こう」
雨航は、項垂れる暁蕾の細い腕を優しく取る。
「…どこに…?」
力なく、暁蕾が尋ねる。
「僕の家に行こう。
僕のマァマも君のことを心配している。
君を一人にはしておけないよ…」
…さあ…
と、雨航が華奢な肩を抱き、促した。

暁蕾はその手を拒まなかった。
そのことに力を得たのか、雨航はきっぱりと言い放った。
「…ターレン。もう二度と、シャオレイの前に現れないでください。
貴方みたいに無責任で、たくさんの女のひとを騙して泣かせるひとに、絶対に渡しません。
シャオレイは、僕が守ります」
…一言の反論も出来ない自分を、もう一人の己れが他人ごとのように冷静に見つめていた。

立ち去る二人の後ろ姿を、片岡はなすすべも無く見送る。
…一度だけ、暁蕾は振り返り…涙に濡れた美しい瞳で片岡を見つめた。
片岡は、声を掛けることすら出来なかった。
…情けない…どうしようもない男だ…。

…やがて、失望したように哀しげに瞬きをし、暁蕾は雨航とともに小径の曲がり角を曲がっていったのだった。
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