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~菊タブー~ お妃候補はドレサージュに陶酔し…
第1章 お妃候補は勝ち気で聡明な国際派御令嬢
―――時は昭和の終わりかかった頃。東京のとある高級住宅街。コンクリート造りの瀟洒な洋館から現れた一人の若い美女に報道各社の取材陣が殺到する。
「わたくしはこの件について関係ございませんので…取材はやめていただけませんか」
彼女は、日頃から怜悧な美貌を曇らせ、微かにとげのある口調で語気を強めた。それでも令嬢らしい気品を崩さない。この国で一番伝統ある名家の跡継ぎが、御見初めになっただけのことはあるというものだ。とはいえ、美女の態度は24歳の若い外交官とは思えぬ堂々とした、言い換えればなかなか貫禄のある態度だ。

「どちらの記者ですッ、名刺をお出しなさい!」
男女の雇用機会が均等化された第一世代とはいえ、良家の子女らしからぬ対応だ。が、そんな姿も彼女が持つ天性のオーラと、育ちの良さからくる高慢な表情が不思議とマッチし、不快感を与えない。この美女こそさる高貴な人物の意中の人と察した記者たちは質問を続け、夥しい回数のフラッシュが焚かれた。
(何よ、馬鹿! マスコミは嘘ばっかし)
心の中で悪態をついたが、彼女の蠱惑的な薄ピンク色の唇から漏れた罵詈雑言は、記者たち数人の耳に届き、日本で最も勝ち気でチャーミングな乙女として報道されることとなる。

―――夜の六本木。珍しく早く霞が関の外務省公館を後にした小越郁子は、ロアビル内にあるバーで寛いだ表情を見せていた。ショートボブに、涼しげな切れ長の瞳。純粋な大和撫子と言いたいところだが、彫りの深い美貌は東洋人離れしている。肌は微かに浅黒く、かえってそこが健康優良児の印象を相手に与え、若くして明朗活発な国際人であることを体現もしているかのようだ。164㎝のすらりとした身長の彼女は、黒いスカートから延びるストッキングに覆われた艶めかしい脚をピシと揃えてカウンター席に品よく腰掛ける。待ち合わせの相手はほどなく現れた。

「ひさしぶりね、デーブ」
柔和な笑みを見せる郁子は、相手をニックネームで呼んだ。
「でも久しぶりに会うGF相手に、遅刻なんてジェントルマンじゃなくてよ」
同意語を流暢な英語で囁きかける郁子の傍らに座るアジア系アメリカ人のデェビット・カオスは経営コンサルタントだ。
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