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夜明けまでのセレナーデ
第6章 Le Fantôme de l'Opéra
…パリに渡り、瑞葉が最初にしたことは、髪を切ることだった。
背中を超える長く美しい蜂蜜色の髪を切ることに速水は惜しがったが、瑞葉は躊躇はなかった。

パレ・ロワイヤルそばにあるサロンで髪を切った。
長さは顎先で揃え、前髪は長めにして横に流すようにと細かくオーダーしたのは速水だ。

生まれてこの方二十年以上、髪を短く切ったことがなかった。
銀色の鋏がしゃりしゃりと音を立てて、切り取られてゆく様は爽快ですらあった。

「…心配はいらなかったな。
髪が短くても、瑞葉はすごく綺麗だ…」
日本語が分からないからと、フランス人の美容師の前で甘く惚気る速水を軽く睨んだ。

…洋服も全て変えた。
パリの最先端のメゾンで、男物の服を買い揃えた。
…今までの中世の姫が着るような時代錯誤なドレスはすべて焼き捨てた。
…もう、二度と…袖を通すことはないからだ…。

…短い髪に、男物の服装、靴…。
白いシャツブラウスにアイボリーカラーの細身のスラックス、同色の細かい縞が入った春物のジャケット。
足元は、ベージュのショートブーツ…。
店員のアドバイスで、ややユニセックスな服装に揃えた。

「瑞葉は男物の洋服も良く似合うね。
…まるで、フランスの王子様みたいだ」
熱の籠った眼差しで、速水は賞賛した。
そんなに要らないと言ったのに、山のようにスーツやセーター、シャツやスラックス、靴を買い込んだ。

買い物を終え、高級店が居並ぶサン=トノレ通りを速水と歩いた。
当たり前のことだが、男物の服装はとても歩きやすい。
短い髪は、うなじを通り抜ける風が心地よい。

…自由だ…。

日本からずっと身体に纏わりついていた重い鎧のようなものが、薄紙を剥ぐように取り払われてゆく…。

「…眩しいな…」
白い額に、掌を翳して呟く。

…ヴァンドーム広場のナポレオン像が春の日差しの中、雄々しく聳えているのをぼんやりと眺めた。

ようやく、日本を離れたのだと、実感が湧いた。

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