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夜明けまでのセレナーデ
第8章 新たなる運命
薫は息を飲んだ。
…貴族制度がなくなる…?
今までの生活ががらりと変わる?

考えてみたこともなかった…。
戦争は負けたけれど、また元の生活に戻れるんじゃないかと漠然と思っていたのだ。

黙り込んだ薫を、気遣わしげに礼也は見つめた。
「お前はショックだろうな。
薫は、産まれながらの貴族の生活を享受して育った。
生まれた時からナニーやメイド、下僕に傅かれ…まさに銀のスプーンを咥えて生まれてきたのだからね。
母親の光さんのご実家は侯爵家だし、親戚筋も皆、特権階級ばかりだ。
友人も恵まれた富裕層出身ばかりだ。
…けれど私は、違う。
私は、祖父を知っている。
…裸一貫、貧しい生まれから身を興し、財をなし、炭鉱王に成り上がった祖父をね。
…前にも話したことがあるかと思うが、お祖父様は無学でね…。
平仮名がやっと読めるくらいの識字程度だった。
小学校も行けずに、家族を支えるためにあの飯塚の炭鉱で小さな頃から働いていたのだからね…。
大銀行家の家に生まれた母はそんなお祖父様を影で軽蔑していた。
「…毎晩芸者を上げて乱痴気騒ぎなさって…。
お祖父様は本当にお品がないわね。
小学校もお出になっていらっしゃらないから、仕方ないけれどね」
…と、嘲笑っていた。
私はそんな母が嫌いだった。
お祖父様が役員会やパーティで読まなければならない原稿にカナを振るのは私の役目だった。
大好きなお祖父様に喜んでいただきたかったのだ。
お祖父様は嬉しそうに褒めてくれた。
…「礼也は賢いのう。儂の自慢の孫や」
とね。
…お祖父様はまだ小学生の私を、飯塚の炭鉱町に連れていった。
連なるボタ山を私に見せながら、こう言ったのだ。
…「礼也。儂は自分が貧しい生まれからここまで成り上がったことをちいとも恥てはおらん。
むしろ誇りに思っておる。
巨万の富を得たことじゃなか。
自分の信念を貫き通してきたことを…や」

礼也は、玄関ホールの正面に飾られている曽祖父の肖像画を、慈しみ深い眼差しで見上げた。
「お祖父様は偉大な方だった。
ひとの価値は氏や育ちではないことを身をもって教えてくれたのだ」
「…父様…」
胸が一杯になり、言葉が続かない。
礼也はにっこりと笑った。

「私の身体にもお祖父様の炭鉱夫の血が流れているのだよ。
…そしてそのことを、私は誇りに思っている」





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