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夜明けまでのセレナーデ
第8章 新たなる運命
…礼也はその日の内に、屋敷を出た。
「春馬の家に絢子さんのお見舞いに伺って、その足で軽井沢に向かう。
…一年ぶりだよ。光さんと菫に会うのは…」
嬉しそうに眼を細めて笑った父は、そののち直ぐにまた九州の飯塚の炭鉱町に戻るのだ。
「敗戦後の日本を一日でも早く立て直さなければならない。
それにはまず鉱業だ。
これから石炭の需要は今より更に増すだろう。
…私はこれからは国のためというより、日本人の幸せのために役に立ちたいのだよ」
理想を語った礼也の眼差しには情熱と信念があった。
「…でも…父様がわざわざ飯塚の炭鉱町にいらっしゃらなくても…。
戦時中からずっと詰めていらっしゃるんだから…」
大好きな父に側にいて欲しくてつい本音が漏れた。
礼也はそんな薫を咎めるわけではなく、小さく微笑んだ。
「…そうだな…。
でも、私はあの炭鉱の町が好きなのだよ。
…活気があって、荒くれ者の男たちが毎日裸でぶつかり合って危険と隣り合わせで仕事をしてくれるあの町が…。
あそこには人間の暮らしの原点がある。
そこに働く人々を豊かに…幸せにしたい」
「…父様…」
父は戦時中は炭鉱町に詰め、現場に赴き炭鉱夫たちを鼓舞し、慰労した。
炭鉱夫たちの安全と労働条件の向上には誰よりも気を配った。
現場を隈なく視察し、時には町の酒場で炭鉱夫たちと酒を酌み交わした。
…「社長は男爵様やっちゅうのにちいとも気取っとらん。
儂らと一緒に焼酎飲みよるけんね」
「社長は縣のオヤジによう似とるのう。
儂ゃ社長の為ならなんでもするつもりや」
炭鉱夫たちからの人気も絶大だと礼也の秘書から聞いた。
「…父様はすごいな…。
ここにいて、平穏な暮らしもできるのにわざわざ…」
呟いた薫に、礼也は表情を引き締めた。
「…薫。日本は戦争に負けた。
敗戦国になるということは、ありとあらゆる価値観が覆されるということだ。
…つまり、私たちの生活もがらりと変わる」
そして、さらりと…しかし冷静に告げた。
「日本の貴族制度は、間もなく終わりを告げるだろう。
私たちがこれまで維持し、或いは恩恵を受けていたものは、戦勝国によって跡形もなく奪われるのだよ」
「春馬の家に絢子さんのお見舞いに伺って、その足で軽井沢に向かう。
…一年ぶりだよ。光さんと菫に会うのは…」
嬉しそうに眼を細めて笑った父は、そののち直ぐにまた九州の飯塚の炭鉱町に戻るのだ。
「敗戦後の日本を一日でも早く立て直さなければならない。
それにはまず鉱業だ。
これから石炭の需要は今より更に増すだろう。
…私はこれからは国のためというより、日本人の幸せのために役に立ちたいのだよ」
理想を語った礼也の眼差しには情熱と信念があった。
「…でも…父様がわざわざ飯塚の炭鉱町にいらっしゃらなくても…。
戦時中からずっと詰めていらっしゃるんだから…」
大好きな父に側にいて欲しくてつい本音が漏れた。
礼也はそんな薫を咎めるわけではなく、小さく微笑んだ。
「…そうだな…。
でも、私はあの炭鉱の町が好きなのだよ。
…活気があって、荒くれ者の男たちが毎日裸でぶつかり合って危険と隣り合わせで仕事をしてくれるあの町が…。
あそこには人間の暮らしの原点がある。
そこに働く人々を豊かに…幸せにしたい」
「…父様…」
父は戦時中は炭鉱町に詰め、現場に赴き炭鉱夫たちを鼓舞し、慰労した。
炭鉱夫たちの安全と労働条件の向上には誰よりも気を配った。
現場を隈なく視察し、時には町の酒場で炭鉱夫たちと酒を酌み交わした。
…「社長は男爵様やっちゅうのにちいとも気取っとらん。
儂らと一緒に焼酎飲みよるけんね」
「社長は縣のオヤジによう似とるのう。
儂ゃ社長の為ならなんでもするつもりや」
炭鉱夫たちからの人気も絶大だと礼也の秘書から聞いた。
「…父様はすごいな…。
ここにいて、平穏な暮らしもできるのにわざわざ…」
呟いた薫に、礼也は表情を引き締めた。
「…薫。日本は戦争に負けた。
敗戦国になるということは、ありとあらゆる価値観が覆されるということだ。
…つまり、私たちの生活もがらりと変わる」
そして、さらりと…しかし冷静に告げた。
「日本の貴族制度は、間もなく終わりを告げるだろう。
私たちがこれまで維持し、或いは恩恵を受けていたものは、戦勝国によって跡形もなく奪われるのだよ」