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夜明けまでのセレナーデ
第8章 新たなる運命
「…東京駅まで送りますよ、母様」
大階段を降りる光に後ろから声をかける。
「あら…」
振り返り、光は大きな眼を見張った。
「運転、できるようになったの?」
「泉に習いました。
…生徒への配給の引き取りや運搬…運転できないと仕事になりませんからね」

「…貴方が先生ねえ…。
この世の奇跡だわ」
大袈裟に肩を竦める光をうんざりしたように追い越して、ホールに向かう。
…どうせ、母様の中では僕は相変わらず出来損ないの問題児なんだろう。

「さあ、母様。
急がないと夜までに軽井沢に着かな…」
ドアの真鍮ノブに手を掛けた時…
温かく華奢な両腕が背中から薫を強く抱いた。

「…よく…生きていてくれたわね…」
…初めて聴く光の震えた小さな声…。

「…母様…?」
「…よく…無事に…生き抜いてくれたわね…薫…。
…ありがとう…生きていてくれて…」
振り返ろうとすると、それを拒むかのように背中に貌を埋められた。
「…そばにいられなくて…ごめんなさい…」
温かな水分が薫のシャツに静かに染み込んでゆく…。
…薫の心の中に、じわりじわりと光への愛おしさが小さな泉のように湧き上がってくる。

熱く込み上げるものを振り払うように、薫はわざと皮肉めいて言い放った。
「…母様に謝られたのは生まれて初めてだ。
天変地異が起きるかもしれませんね。
やめてくださいよ。せっかくこの屋敷を空襲から守ったのに」

「…もう…!この子は…!」
光がかなりな強さで背中に拳を打ち込んだ。

「痛っ!」
…やっぱり鬼ババだ。
呟く薫に、光が吹き出した。
薫は照れくさそうに、俯いて小さく笑ったのだった。


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