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夜明けまでのセレナーデ
第2章 礼拝堂の夜想曲
…絢子が体調を崩しているのは知っていた。
暁人が士官学校に入学してから、寝込むことが増えてきたらしい。
今回、暁人が正式に出征してしまい絢子のショックは計り知れないものだったのだろう。
今の絢子からはどこか不安定な張り詰めた細い糸が切れそうな危なげな気配が強く伝わってきた。
それが、薫の心をざわざわと波立たせた。

「…軽井沢の光様はお元気かしら?」
コーヒーシュガーを勧めながら絢子が尋ねる。
「はい。母は変わらずです。
軽井沢では牧場で朝から晩まで馬や牛の世話をしているらしいです。
この間は馬の出産にも立ち会ったそうで…。
生まれた仔馬に薫と名付けました…て手紙に…。
冗談じゃないですよ。全く!何考えているんだか!」
憤慨する薫に絢子が楽しそうに笑った。
「…光様は相変わらずお強くて生き生きとしていて…素敵な方ね…。
…羨ましいわ…。私も光様のように強くなりたい…」
しみじみと告げる絢子の白い手を、傍らの大紋が優しく握りしめた。
「…絢子。君には君の良さがある。比べることはないよ」
「そうですよ、小母様。
…大体あんな鬼婆みたいにおっかないひと、羨ましがる必要は全然ないです。
鬼のような憲兵すら蹴散らすひとですよ?
…ありえないです」
肩を竦める薫に、絢子と大紋が揃って笑った。
「…薫さんとお会いしていると落ち着くわ…。
まるで暁人さんがそばにいるような気持ちになるの…」

…しかし、その笑顔は、まるで綿菓子のように儚げに消えてゆく…。
「…暁人さん…元気でいてくださるかしら…」
小さな声はやがて啜り泣きに変わった。
大紋は少しも慌てずに絢子を優しく抱き寄せた。
「…絢子…。
大丈夫だ。暁人は元気だよ。何も心配はいらない」
「…貴方…!」
絢子は大紋に取り縋り、泣き続ける。
幼な子のように頼りなげな絢子に、薫は言葉を失った。
絢子はおとなしやかな女性だったが、決して他人の前で涙を見せるようなことはなかった。
…絢子小母様は…いつからこんなに心弱く不安定になられたのだろう…。
子どもをあやすように穏やかに絢子の髪を撫でる大紋の端正な横貌に、悲哀と憐憫の色が透けて見えた…。

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