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夜明けまでのセレナーデ
第10章 僕の運命のひと
暁人の部屋に入るなり、薫は尋ねた。
「…小父様…小母様は…」

大紋が明るく笑った。
「最近ようやく私を夫と理解してくれるようになったよ。
…前は怯えられていたから、格段の進歩だ」
「…小父様…」
何と言ったら良いのか分からずに、口を噤む。

しみじみとした口調で、大紋は話し始めた。
「絢子にね、プロポーズのやり直しをしたんだよ」
暁人の部屋…と言っても数少ない家具しかないこの部屋を、大紋は見渡した。
彼の息子はまだ、この部屋に足を踏み入れたことがない。
飯倉にある本来の屋敷は、先の空襲で跡形もなく無くなってしまったからだ…。


「…プロポーズの…やり直し?」
「うん。
…私と結婚して欲しいと。
貴女を誰よりも愛しているから…と。
これからも、ずっと愛し続けるから…と。
毎日毎日繰り返したよ。
…かつて一度も言ってあげられなかった言葉だ…」
やや苦しげな色を目元に滲ませ、大紋は微笑んだ。

「…小父様…」
…その理由を、薫は知っている。
薫の美貌の叔父・暁を、大紋はずっと愛していたからだ。

「…そうしたら絢子はある日、頰を染めて頷いてくれた。
私で良かったら…とね。
嬉しかったよ…」

大紋は大きな手で貌を覆った。
「小父様…!」
薫は大紋の腕を握りしめる。
「…初めからやり直すつもりだ。
絢子と出会った時から…。
…そうすれば、いつか本来の絢子にまた戻ってくれるかもしれない…」
「ええ、そうですよ。
小母様はきっと必ずまたもとの小母様に戻られますよ。
…それに…
と、薫は一番大切なことを言葉にする。
「暁人はもうすぐ帰国します。
そうしたら、小母様はあっと言う間に良くなられます」

大紋の手が離され、その優しさと微かな寂寥に満ちた眼差しが薫を静かに見つめた。

「…薫くん…」
「はい、小父様」

穏やかな…けれどどこか諦観めいた声が言葉を紡いだ。

「…もう、暁人を待たなくても良いのだよ」


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