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夜明けまでのセレナーデ
第10章 僕の運命のひと
「え?」
薫も男に眼を凝らす。

…逆光を浴びながら、その男はゆっくりとこちらに歩いて来る。
…長い巻き毛の髪を無造作にひとつに束ねている…。
顎髭が伸びているが、彫りの深い褐色の雄々しい貌…アレキサンドライト色に輝く瞳は間違いなくあの男だ。

「…あ…」

ぼろぼろの黒い軍服の片袖が、ひらひらと動きに連れて頼りなく揺れていた…。

薫ははっと息を飲んだ。

…隻…腕…?

紳一郎は、眼を細め…次の瞬間その隻腕の男に向かい、真っしぐらに駆け出した。

「十市!」

男…十市は立ち止まり、片腕だけを広げた。
「坊ちゃん…!」
「お帰り、十市!」
その広い胸に紳一郎が子どものように、飛び込む。

「…坊ちゃん…。
俺はこんな身体になっちまった…。
あんたの前に現れる資格は、あるんだろうか…」
くぐもった声に苦しさが滲む。
十市は片腕でしか、紳一郎の背中を抱けない。

紳一郎が胸に貌を埋めたまま、首を振る。
「いい…!どんな身体になっても…お前が生きて帰ってくれさえすればそれでいい…!
僕は嬉しい!
お帰り、十市…!待っていたよ…」
「坊ちゃん…!」
褐色の片腕が、強く強く紳一郎を抱き締める。

…あとは、子どものような泣き声が礼拝堂に響き渡るだけだった。


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