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ピアノ
第1章 呼び出し
ダン、ダダダン、ダン、ダンと軽快なリズムで始まった曲は途中から優雅なものに変わった。小学生の女の子が一心不乱にピアノに向かっている。曲は終盤に差し掛かり、ダンという力強い響きを境に静かなものに変わり、トンという小さな音で終わった。
「洋子ちゃん、良かったわよ。偉いわね」
女性教師からそう褒められた女の子はようやく緊張から解放されたのか、「ふぅー」と息を吐くと、額に滲んだ汗をハンカチで拭っていた。
「それじゃあ、また来週」
「はい、先生、ありがとうございました」
レッスンを終えた女の子は楽譜をカバンに仕舞うと、部屋を出ていった。
水元(みずもと)啓子(けいこ)は鍵盤にベルベットのカバーをかけ、蓋を閉じた。ピアノ教師として規則正しい生活を送る彼女は40歳半ばとは思えない程、肌はきめ細かい。
ブルブル、ブルブル……
聞き慣れた着信音と共にテーブルの上のスマホが震え出した。
その瞬間、啓子の頬は10代の娘のように赤くなった。
(幸一さん、今行くから……)
彼の好みの下着を身に付け、啓子は旅支度を始める。
用件は見なくても分かる。確めるのは「○○ホテル××××号室」という文字だけ。
啓子はマンシヨンを出ると、タクシーで羽田空港に向かった。