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戦場に響く鈴の音
第1章 謀叛
暗闇に向かい手を差し伸べる。
8年前、俺に御館様がして下さった事を俺はする。
「大丈夫だ。出て来い。お前を保護してやるから。」
辛抱強く襖の向こう側に居る小姓を説得する。
俺の判断に不満な雪南と直愛は刀は下げたものの鞘には収めずに警戒心を緩めない。
「お前ら刀を収めろと命令したはずだ。」
現状に怯える小姓の警戒心の方が雪南達を上回る。
「申し訳ございません…。」
不満を残したまま雪南と直愛が刀を鞘へ収める。
「お前を切りはしない。だから俺にお前の全てを預けろ。」
あの日の御館様が俺に言った言葉、仕草を自分に重ねて小姓の説得を続ける。
襖に小姓の痩せた指先が掛かる。
とても白い小さな手…。
「おいで…、名はなんと言う?」
「鈴(りん)…、すずって書く。」
掠れた小さな声がする。
まだ声変わりすらせず女子のように高い声…。
「俺と来い。鈴…。」
両手を広げた刹那、俺の腕の中には小さな身体がふわりと飛び込んで来る。
それは素早く靱やかに動く猫のようにも見えた。
髪は束ねすらせず伸び切ったままの小さな子供…。
その小さな身体を抱き上げて鈴の髪を搔き上げる。
息を飲むほど白い肌…。
紅く膨らみのある唇…。
大きく鋭い瞳に高い鼻筋…。
紛れもなく鈴は類希なき美少年と呼ぶに相応しい子供だった。
だが、次の瞬間には俺の腹の奥で怒りが湧く。
鈴の顔や腕に最近出来たと思われる痣や傷がある。
多分、身体にも…。
「梁間に付けられた物か?」
俺の質問に鈴が小さく頷く。
美しいというだけの子供を慰みものにして梁間は好き放題に鈴を傷付けていた。
「2度と俺の傍を離れるな。」
俺は鈴にそう言い聞かせる。
これが俺と鈴との出会いだった。
黒崎 神路…15歳。
妹尾(せの) 鈴…6歳。
それは、まだお互いの真実の姿を知らず、恋すら知らない2人の出会いだった。