この作品は18歳未満閲覧禁止です
- 小
- 中
- 大
- テキストサイズ
戦場に響く鈴の音
第16章 意地
「鈴…。」
目を覚ませば、そこに居るはずの小姓が居ない。
「鈴っ!」
そう叫んで飛び起きれば、呆れた顔で冷たい視線を放つ雪南が俺を見下ろしている。
「鈴ならば台所に居ますよ。」
「鈴が?」
「今夜の夕餉の準備をしろと鈴に命じたのは貴方ですよね?」
確かに命じた覚えはある。
「悪いな…、雪南…。」
黒崎の台所は蒲江の物だ。
黒崎の本妻でもない限り、蒲江は誰にも台所の権利を譲りはしない。
俺の謝罪にフッと雪南が笑う。
「鈴は貴方の好き嫌いをどうにか治す方法がないものかと言って庖丁人と奮闘してましたよ。」
「別に好き嫌いとかねえよ。」
「酒に合うものしか召し上がらないからです。」
「あいつの方が食が細い。」
「そう思うのなら、さっさと起きて宴の席へ移動して下さい。今夜は須賀殿を黒崎の婚礼の儀における真の進行役としてお披露目する大事な宴なのですから…。」
進行役のお披露目…。
本来ならば、新郎側の大名行列の先頭に立ち、その存在を世に知らしめてから婚礼の儀を行う屋敷で夫婦と寝食を共にするのが進行役としての最初の務めとなるのだが、滝沢を中途解任した為に、須賀のお披露目をやり直す宴が必要になる。
「黒炎からは?」
強引に須賀を進行役に仕立て上げたとしても黒炎に反対を受ければ元も子も無くなる。
「黒炎から早馬が返って来るまでに後10日は掛かります。ですから先にお披露目をしてしまった方が勝ちですよ。」
涼しい表情で雪南が笑顔を浮かべる。
この笑顔にゾッとする。
今更、宇喜多が黒崎に文句を付けて来たとしても言い返す口は幾らでもあるのだと余裕でほくそ笑む雪南だけは何があろうと敵にはしたくないと思う。