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戦場に響く鈴の音
第18章 打掛
「人が凹んでる時くらい…、そういう嫌味は止めろ…。」
好き好んで嫁と妾の二重生活をしてる訳じゃない。
「嫌味のつもりは無いですよ。どちらかと言うなら、貴方の本能的な行動に感心してるのです。」
「なんだよ…、それ…。」
「黒崎様は野生児ですからね。本能だけでご自分がやらなければならないと感じた事を勝手にやってしまってる。」
「は?」
雪南の言いたい事の意味が、一欠片もわからない。
湯船で悩む俺の隣へと入って来る雪南が笑う。
「貴方はそれで良いのだと言ってるのです。例えば、今日の兵士訓練ですが、貴方がやらなければ、そろそろやるようにと私から寺嶋に申し付けるつもりだったのですよ。」
「雪南が?」
「警護兵がこの屋敷を守って、ひと月…、大した問題が起きていない今の状況では兵士達は鈍り、気が緩む時期です。」
それは事実だと思う。
始めは彩里がどんな態度を取るのかとピリピリしていた警護兵達だが、最近は離宮から出られない彩里や使用人達に同情して馴れ合いが見られると聞いてはいる。
そうやって気が緩む時期には必ず大きな問題を起こす兵が出る。
そのタイミングで暇な俺が勝手に訓練をしただけだ。
なのに雪南はそれが重要だと俺に言う。
「大河様も御館様も、常に色々な事を考えています。それこそ時間が足りないほど考えてから民の為だと行動をする。貴方は考える前に民に齎される結果だけを見越して行動をする。笹川への兵糧が良い例です。もしも貴方が本当に暇なだけの主なら、誰も貴方について来はしませぬよ。」
俺のやり方は間違いではないと確信的な言葉を雪南に言われれば悪い気はしない。
「何、それ…、褒めてんの?」
「褒めてはいませんよ。未熟な黒崎様を一人前にするのが私の務めでありますからね。」
「いや、そこは褒めろよ。」
「褒めはしませぬが、たまには酒の一杯くらいなら付き合って差し上げますよ。」
久しぶりに雪南が飲もうと誘ってくれる。
たかが、それだけの事が嬉しくて一人で浮かれて舞い上がる単純で未熟な主に雪南は生暖かい眼を向けていた。