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戦場に響く鈴の音
第19章 強欲
戸惑う鈴だけがおずおずと顔を上げて義父の方を見る。
「行きなさい。」
雪南が鈴の背中を押す。
護衛役である多栄が鈴の打掛の裾を地面で擦れぬようにと持ち上げれば小さな姫が少し恥ずかしげに当主の前へと歩み出る。
「おお…、少し背が伸びたか?すっかりと立派な姫君になっておったから鈴の姿が見つけられずに呼び付けるしかなかったぞ。」
顔をくしゃくしゃにして笑う義父が鈴をゆっくりと抱き上げる。
「おっ父…。」
「天音の暮らしはどうだ?不自由は無いか?息子の神路は薄情な漢故、この老体の心配には答えてはくれぬ。」
「おっ父…、おっ父…。」
久しぶりの挨拶だというのに、見る見る間に鈴の大きな瞳には涙が浮かび、ヒックヒックとしゃくり上げた息遣いへ変わる。
「おっ父ーっ!」
義父に抱かれた仔猫は飼い主を見つけたと言わんばかりに義父の着物を強く握り締めて泣きじゃくる。
「どうした?鈴…、神路や雪南が意地悪をするのか?ならば、この父がちゃんと叱ってやるから鈴が泣く事など無いのだよ。」
これはパフォーマンスだ。
黒崎当主である義父が鈴は黒崎の姫だと全ての家臣に見せつける。
「ほらほら、可愛い顔を父に見せておくれ…、鈴が泣くと父も悲しくなってしまう。」
義父を見て、張り詰めていた気が緩んだ鈴を慰めながら義父は俺の方へ笑顔を向ける。
わざわざ義父の到着に合わせて雪南が鈴に姫のような着物を着せたのは、この為だ。
俺はこの婚姻で黒崎の嫡男だと認められる。
だが鈴はそうは行かぬ。
下手をすれば彩里のご機嫌取りをする家臣達から、鈴は邪魔だと惨い仕打ちを受けかねない。
それを阻止する為に義父は雪南と打ち合わせて、このようなパフォーマンスを家臣達に見せ続ける。
鈴は黒崎の姫なのだと…。
黒崎の息子の嫁なのだと無言で語ってくれる義父に俺の方が泣きそうになっていた。