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戦場に響く鈴の音
第21章 円満
膝の横に両腕を広げ、握り拳で畳を押さえながら俺に向かって一礼する。
武家の略式の挨拶…。
近江が仕えるのはあくまでも義父だからと、俺に対する姿勢は同等なのだと譲らない。
流石に息子はきちんと正座をした上で俺に臣下の礼を尽くして頭を下げはするが、その眼は部屋の隅に控えた鈴をチラ見する。
夕べの宴で鈴から受けた屈辱を近江の息子は根に持ってると感じる視線に鈴はフンとそっぽを向く。
「笹川の姫…、なかなか強情な姫だとはお聞きしましたが、流石、黒崎様の嫡子。難なく婚姻を纏められましたな。」
くだらない世辞を吐く近江が高笑いをする。
「俺は何もしてませんよ。」
「いやいや、これからの時代は神路様のもの…、あの宇喜多に引けを取らぬ立派な武士になられたと黒崎の一門は誰もが安心しております。」
「下手に安心などすれば、足元を掬われるぞ。」
「それはそれでまた一興と言うもの…、この先の黒崎の為に近江としては神路様の傍に、この息子を置く事をお許し頂きたい。」
「近江の嫡子を…か?」
父親の言葉のタイミングで近江の息子が一歩前へと歩み寄る。
「某、近江の大智(たいち)と申します。若輩の身ではありますが黒崎様のお役に立てれば幸いでございます。」
したり顔の大智が俺の前で深々と頭を下げやがる。
なるほどな…。
黒崎の嫡子として俺の立場を見極めてから立ち回ろうとする家臣達は近江のように次々と自分の子を俺に差し出して来る。
蒲江や羽多野、寺嶋はいち早く俺の為にと子を差し出した。
今や黒崎として認められた俺に子を差し出し、それなりの地位を黒崎内部で確立しようとする家臣達が入れ替わり立ち代りと応接の間へと押し寄せる。
そんな家臣達には目もくれない鈴は凛とした顔立ちを全く崩す事無く、静かに、くだらない些細な騒ぎを巻き起こす嵐が過ぎ去るのを待つだけであった。