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戦場に響く鈴の音
第36章 興奮
静寂が訪れる。
広間に居た誰もが口を閉ざしてしまった。
琴から手を引いた鈴がゆっくりと立ち上がり、口をポカンと開けたままの汐元の前へと座り直し床に手を付いて頭を下げる。
「粗末なものをお聴かせしてしまった。」
鈴の謝罪に首が飛びそうなほど汐元が頭を横へ振る。
「何を仰いますかっ!ああ、今の演奏…、もう一度、お聴かせ願いたい。いや…、こんな形でなく。次はもっと良い場を整えて…。」
焦りを見せる汐元は頭の中の金勘定に上の空になりながらも鈴の謝罪に答える。
「旦那様っ!」
広間へと汐元が雇う女中が飛び込んで来るや否や、アタフタと汐元は広間を飛び出して行く。
「姫さんの演奏で庄城中の商人がこの屋敷に押し掛けて来たな。」
演奏前と表情を変えない佐京だけが盃の酒を飲み干して言う。
それだけの演奏を鈴が行った。
毎日のように聴いていた俺ですら言葉を失う演奏だった。
その音は誇らしいほど気高く、天まで響かせる勢いを持ち鈴の手から放たれた。
汐元の屋敷中を震わせ、全ての人を魅了するほどの音を街中へ向けて鈴が奏でた。
なのに、当の鈴はキュッと口を結び、固い表情のまま座り込んで動く気配を見せない。
あれだけの演奏をしたのに…。
「鈴…、こっちへ…。」
腰が抜けたように広間の真ん中に座り込んだままの鈴を呼び付ければ、今にも泣きそうになる大きな瞳を更に見開く鈴が俺の方へと駆け寄って来る。
「神路っ!」
出会った頃と同じように鈴が俺の懐に目掛けて飛んで来る。
「こらっ!鈴っ!はしたない…。」
もう大人の女なのだと叱るつもりで鈴を引き剥がそうとしても、爪を立てた仔猫は俺の首にしがみつく。