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戦場に響く鈴の音
第5章 一夜
「すぐに御用意致します。それまでは朝餉(あさげ)でも召し上がってお待ち下さい。」
宿屋の亭主は機嫌良く答える。
支払いの請求先は黒崎…。
この街の領主に請求するのだからと湯水のようにサービスをしておけと亭主は考えてる。
宿屋が用意した朝飯を済ませ風呂に入り甲冑に着替えを済ませ宿を出たのは昼前だ。
「さっさと追い付くか…。」
先を行く2万の軍勢はどうせ亀のようにノロノロとしか進まない。
単独で馬を飛ばす俺なら簡単に追い付ける。
ただ、なんとなく鈴に顔を合わせ辛い。
小姓の主として俺は鈴に殆ど構ってやれてない。
屋敷を持たぬ未熟者は国中を飛び回る身であり、御館様のようにどっしりと構えた人間でなければ小姓の面倒はなかなか見れないと理解する。
「やはり義父に預ければ良かった…。」
今更の愚痴を独り言でボヤく。
こんな所から鈴を1人で燕に帰すとか不可能だ。
小姓如きの鈴に割く余分な兵など居はしない。
絖花と一夜を共にして胡蝶の事を思い出したせいか何故か鈴が泣き喚いた姿だけがずっと頭の奥にチラつく。
ムカつくガキ…。
躾のなってない仔猫のくせに…。
鈴に苛立ちばかりを感じる。
たった一晩、鈴とは別に寝ただけだ。
なのに柄も言えぬ罪悪感を感じて落ち込んで来る。
なんで主である俺が小姓の鈴に後ろめたいとか考えなきゃならんのだ?
訳がわからぬ苛立ちを感じたまま俺は軍勢に追い付く為に馬を追い立てて道を急ぐ。
胡蝶のように笑わない鈴が嫌いだ。
出来るだけ早く俺が戻ればあんな鈴でも少しは笑ってくれるのだろうか?
鈴が見せた僅かな笑顔を思い出そうともがいても無表情に近い鈴の顔しか思い出せない。
早く…。
気持ちだけが急き、馬を走らせる。
苛立つ俺は鈴に追い付く為にと脇目も振らずに街道を西へと走り続けていた。