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戦場に響く鈴の音
第5章 一夜
蘇国一まで上り詰めた胡蝶ですら遊郭から足を洗うのは難儀する。
花魁になれる可能性を持つ女は禿の頃から基本的な生活が違う。
成長期である禿のうちに栄養が足りずに痩せてみっともない身体にならないように飯はそれなりに与えられ、着物もそれなりの物を着せて貰う。
花魁は妓楼にとって金の卵に等しい。
大切に育てられる分、妓楼への借金は普通の遊女の10倍にまで膨れ上がる。
花魁の時期に稼ぎが出来なければ芸妓になり、働き続けるしか道は無い。
俺には何もしてやれない。
今宵は絖花という悲しみを抱えて眠る。
「主様ってば…。」
気付けば絖花の声がする。
朝は嫌いだ。
「もう少し…。」
「何回、もう少しと言うつもりだい?朝一番に起こせと言ったくせに…。」
「今、何時だ?」
「未時を過ぎて直に申時になるよ。」
そう言われりゃ起きるしかない。
俺の着物の帯を巻きながら絖花が俺を見る。
「主様は西元の戦場へ?」
「ああ…、黒崎の領主代理だからな。」
「生きて帰って来るよね?」
絖花が息を詰まらせる。
「当たり前だ。俺は由には負けない。」
俺が笑っても絖花は笑わない。
これ以上は絖花の泣きそうな顔を見るのが辛いと、ろくに話もせずに妓楼を後にする。
負ける訳にいかねえんだよ。
俺が負けて秀幸に助けを求めたりすれば御館様や義父に顔向けなんか出来なくなる。
苛立ちを抱えたまま宿に戻り、直愛と鈴の事を宿屋の亭主に確認すれば
「お連れ様は朝一番に出立されました。」
と答えが返って来る。
直愛は俺の言い付けを守ったらしい。
「風呂は使えるか?」
朝風呂は贅沢と言われてる。
俺1人の為に風呂を炊き直す事になるからだ。