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親愛なるご主人さま
第16章 沙耶香の調べ

 信州、K夫妻の屋敷。
 別名「調教の館」におけるエージェントX社主催の奴隷オークションは休憩時間を挟んで第3幕を迎えようとしていた。第2幕ではサジアラビアの富豪アドラーが桁外れの巨額オイルマネーを投じ、会場の客達が唖然とする中、クオリティの高い競売品の水野純子をさらうが如く買い上げて突然終演し、座がやや白けたような空気が広がっていた。

 照明を落としたステージでは運営タッフの調教助手の男たちによって純子が排泄したステージを清め、整え直していた。その間、メイド服を着た侍女達が愛想よく客に酒を注ぎ回り、侍女の中のひとりがグランドピアノでクリスマスソングメロディーを弾き、客が持て余す時間をなんとか埋め合わせていた。
 客の中でも特に不機嫌なのは肝いりで狙っていた純子をサウジアラビアの富豪に持っていかれた国交省官僚の黒磯であった。「つまらん。帰るわ」と言い始めたが、ミスター“X”になだめられ渋々着席した。
 もうひとり、ステージのオークションなど二の次で会場内をウロウロと嗅ぎまわる男がいた。鷹杉右京である。

 「菜穂子ちゃんはどこいった?」

 鋭い眼光とドコドコと足音を立てて歩く姿はとても80歳を超える老人に見えなかった。

 「御前様、少し落ち着いてください。狙っているニューハーフの薫はこのあと登場しますよ」

 巨漢のボディガードで右京の腹心の部下でもある丸岡が諭すように言った。

 「ふん。欲しいものは必ず手に入れる。そして飽きるまでしゃぶりつくす。30年も儂の下にいるオマエが1番わかっているじゃろ。薫も菜穂子も儂のものにするんじゃ」

 玲子は常に目を光らせ、右京と“X“の動向を視野に入れていた。欲望を満たすために手段を選ばず何を企てるか解らぬ右京と”X“が発する邪悪な執念を察し、菜穂子を守るためにバーカウンターの奥の小さな扉から通じる別室に菜穂子を隠していた。
 そこは鍵が掛かる小さな部屋であった。かつて薫と共にお仕置きの為に菜穂子も入れられた鉄格子のある部屋だ。

 菜穂子には明るいシャンデリアと酒や香水が香る華やかな会場より、コンクリートに囲れ据えた匂いのする鉄格子のこの部屋の方が落ち着いた。
 部屋の壁に大型のテレビモニターが取り付けられていて、オークション会場のステージの様子が映し出されていた。

 
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