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親愛なるご主人さま
第23章 旅立ち

 「菜穂子!このままどこか遠くへ逃げて・・・・二人で・・・暮らさないか?幸せにするよ」

 「プっ、えぇ~、ウケるぅ! カリスマ調教師“K様”がそんなジョークってアリですかァ?」

 菜穂子は髪を揺らし明るく笑った。

 「真面目に言ってるんだ。オマエの身体の中にはマゾ奴隷の血がドロドロと持て余すように残っていて、雪のようには溶けないはずだろ!私にはわかる」

 「・・・・・・・・・」

 菜穂子は正面を見据え黙ったままだ。

 

 粉雪がまた降り始めた。ワイパーで雪を払いながら圭吾の車は中軽井沢駅付近まで来た。



「菜穂子!」


 低い声だが叫ぶような声だった。圭吾は菜穂子をますます欲しくなった。サディストが持つ加虐的な欲望とは異なる男の欲望・・・いや、これが愛情なのだろうか?・・・圭吾自身が気づき、恥ずかしく困惑して発露するようだった。


 「・・・私・・行く当てはあります。圭吾さんは・・・玲子奥様がお屋敷で帰りをお待ちしておりますよ」



「・・・・・・・・・」



 今度は圭吾のほうが言葉を失い無言になった・・・


 車は赤信号で停車した。

 
 「ここで降りますわ。さようなら」



 菜穂子はそう言うとドアロックを外し、キャリーバッグを持って雪の歩道に降りて歩き始めた。圭吾もあわてて運転席から飛び降りた。車外は凍るように寒かった。


 「菜穂子・・待ってくれ・・・どこへ行く?」


 叫んでそう言ったはずが、雪混じりの北風がピューっと吹いてかき消され、菜穂子の耳に届かなかったのか・・・・ 菜穂子は一度も振り向くことなくブーツの踵で雪を蹴って駅舎の階段を上がっていった。



 「菜穂子ぉ・・・」



 圭吾は弱々しく震える声でもう一度言うと雪の歩道に跪いた。その姿は去っていく女王にすがり付こうとする下僕のようであった。






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