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親愛なるご主人さま
第27章 死体と寝る女

 チュチュ~・・・

 解剖は必要ない。先ほど矢島にも言ったことは法医学の見地から言っても嘘ではなかった。
 内視鏡などを使って胃や腸の中を調べるのが検分としててっとり早い。だが一方で目の前に横たわる若く美しい検体にメスを入れ鮮血を流し、白い肌を真っ赤に染めるのも悪くはないなと、グロな欲望にも誘われた。

 レイラは乳房を舐めて吸ってから、この美味しそうな食材を目の前にして、煮て食べるか、焼いて食べるか迷っている美食家の心境だった。だが仕事は仕事だ。検体結果の報告書を明日には県警に提出しなければならい。

 この施設には最新鋭の医療機器は揃っている。レイラは先端に10万ルクスの光源を有するドイツ製の最新のファイバースコープ内視鏡の管を手に持った。死体の鼻から細い管を挿入し、手元のハンドルを巧みに操作しながら喉、食道、胃、十二指腸、小腸に届くまで、くまなく照らして観察した。
 明るいファイバースコープでモニターディスプレイに映し出された内臓壁は、死に至らしめた薬物による荒れた痕跡など全くなく、生きている不健康な人間のそれよりもはるかに綺麗だった。もし薬物の投与ではなく口鼻を塞がれた窒息死であっても、窒息死体には共通して血液の非凝固性、内臓の鬱血、粘膜や皮膚の溢血、死斑の増大などが見られるが、それもなかった。

 そしてもう一つの重大な発見は、女の胃や腸の中に食物が無く、全て消化されていることだった。
 

 レイラは一旦内視鏡の長い管を鼻からスルスルと抜いた。
 
 生きたクランケと違って、痛いだの、苦しいなどと医者に文句を言わないのも彼女をこの仕事に執着させる理由の一つだ。ある意味で好き勝手に体中を弄ぶことができるからだ。

 「さて、お楽しみはこれからさ・・・・うふふ」

 静まりかえっている夜の解剖室で声を出して微笑んだ。

 今夜ここに助手が立ち会っていれば、今のレイラの異様な笑みと佇まいに恐怖に似た旋律を感じ、解剖室から退散してゆくであろう。

 「そうだ、この娘に名前をつけなきゃ・・・・・」

 レイラは独り言ちて思いついた。

 「名を付けるなら、み、美穂。そう、やっぱり美穂にしよう・・・」



 


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