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親愛なるご主人さま
第29章 失踪、消失

新潟県警の刑事部は去る3月〇日、破間川の河川敷にて全裸で発見された女の変死体を自殺者であると正式に断定した。山田と矢島の両刑事が死亡推定時刻から36時間ほど経っていたが、現場から発見して回収した封筒と便箋とピアスリングと思われる純金のリングから死んだ女の指紋がほんのわずかだが検出されたのである。
一昼夜雪水に晒されながらも証拠を残す人間の指紋という奇跡的痕跡には改めて驚くばかりであった。
矢島刑事が見つけた便箋の「菜穂子」という名が死んだ女の本名なのかは判らないままだが、県警は女の遺品と共に彼女が目を閉じた似顔絵を身元不明死者として公表し、警視庁のデータベースにも乗せ、全国規模で身元を引き取れる家族や身内の人間はいないか呼びかけた。
だが身元引受人は一向に現れなかった。
地元の新聞社がこの奇妙な自殺者について小さな記事にした。やがて東京のマスコミがその記事を嗅ぎ付け、テレビのワイドショーや週刊誌が話を盛って視聴率や発行部数稼ぎにのネタにしようと躍起になり、矢島や山田のところにも取材の申し込みが来た。
2人はマスコミの取材を拒否し続けた。
(菜穂子さんをそっとしておいてあげてほしい)矢島はそう思っていた。
矢島は妄想した。何らかの事情で菜穂子は彼女のご主人と別れたか・・ご主人に先立たれたのか・・・ご主人様の近くに行きたい思いがあって冷たい雪の中でひとり眠りについたのではないか?・・・と。
矢島が目にした「おやすみなさい。親愛なるご主人様。奴隷 菜穂子」という一行だけ残った文字が矢島の心に深く刺さったままだった。「奴隷」という言葉を使ったことも妙にひっかかり、正直ドキドキとする響きを感じていた。
北条レイラ女史に支配され性奴隷になっても愛して止まず、足下に寄り添い生きていく自分を妄想して置き換えてしまうのである。
菜穂子の身内を名乗る身元引き取り人は現れないまま4日経った。
翌日から遺体の管理は県警管轄の新発田付属センターから、「行旅病人及行旅死亡人取扱法」という法律によって市役所に移管されることになっている。そして日を空けず火葬されることになっていた。
そんな日、驚愕のニュースが署内に伝わった。

