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降りしきる黄金の雫は
第12章 12 香り
少しだけ歩くと「今は沈丁花の匂いがいい時期だなあ」と先輩がしみじみ言う。

「ええ、いい香りです」

桂さんに聞かれませんようにと思いながら答えた。
蕎麦屋にすぐ到着した。真新しい、いい香りのする檜の引き戸を開け店内に入った。今夜は客は少ない様で座敷でゆっくりできるようだ。

「えっと。何にすっかな」
「ここは鴨汁せいろと箱天そばが人気ですよ」

「ふーん。どっちも美味そうだな。じゃ両方頼むかな」
「僕は山菜おろしにしようかな」

「もっと精のつくもの食えよ」

いつもの明るい先輩の笑顔にほっとしながら、久しぶりに温かい食事をすることが出来た。
蕎麦と言えども多い量に先輩は少し目を見張ったが難なく食べ終え、蕎麦湯を飲んだ後、デザートにゴマアイスを食べることにした。

「なかなかいい店だな」
「ええ、店主は定年して無理せずやってるみたいなので、がつがつしてなくて雰囲気いいんですよ」
「うん。ファミレスじゃこう、くつろげないしな」

リラックスした先輩は足を伸ばして手を後ろについている。

「このところ調子はどうだ? 良さそうだけど、結構過労気味じゃないかと思ってさ」
「すこぶる調子がいいです。あ、でも、無理してないですから」
「そうか。なら――いいんだ」

笑顔を見せながらも、何か言いたげな様子だがもうそれ以上言わない。僕もはっきりさせないまま微笑み返すしかできない。

「先輩。いつもありがとうございます」
「なんだよ、改まって」

「いえ、そういうわけじゃないんですけど、なんとなく」
「――何か、困ったことがあったら、真っ先に俺に言えよ?」

「はい」

口の中で溶けるアイスは舌の上にゴマを残して流れて消えた。
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