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母親失格
第1章 母親失格
 この世に完璧な幸せなど存在しないと知ったのは、一番上の兄が自殺したときだった。


 発見者は、二番目の兄だった。
 自殺した兄は、子供の頃に使っていた二段ベッドで首を吊っていた。
 あの時「にいちゃん!」って悲痛な声で叫んだ、次兄の声が今でも耳にこびりついている。
 私は、長兄の足が不自然な位置で力なくダランと伸びているのだけを見た。
 顔は怖くて見れなかった。



「なんで次男じゃなくて、長男のお前が」



 父親は葬式中、ずっと死んだ長兄を「親不孝者」と呼んでいた。
 自力で立ち上がれないくらい泣きながら「なんで次男じゃなかったんだ」と繰り返す父親を、次兄がずっと支えていた。



 長兄には婚約者がいた。
 だが、長兄が遺書を残したのは、長兄にとってすぐ下の弟である次兄だけだった。
 両親はおろか、婚約者にすら、何も遺さなかった。
 

 自殺した長兄は、前日の夜、婚約者とは変わらない様子で通話をしたらしい。
「おやすみバァ〜イ」
 それが、婚約者が聞いた長兄の最期の言葉だったそうだ。



 末妹の私が聞いた最期の言葉は何だっただろう。
 思い出せない。
 自殺の前日の朝、長兄のあとにトイレに入って「うんこくせー!」って言ったのは覚えているけど、長兄が私になんて返事したのか思い出せない。



 自殺した長兄は、私にとって完璧な人間だった。
 良い大学を出て、大きい会社に勤めて、美人な婚約者がいて、友達がいっぱいいた。



 でも長兄は死んだ。
 自分で自分を殺してしまった。


 次兄に宛てられた遺書には、

『こんな兄貴でごめんな。愛してるよ』

 と、書かれていたらしい。




 
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