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片時雨を抱きしめて
第3章 第三章 記憶
「なにそれ」
やっとのことで絞り出した声が小さく震える。
「もう、わかってよ。雪乃ちゃんもほら、妹とかほしくないの?」
ママはいじらしそうに目線を外す。ほんのりと頬をあからめて。
なにを、言っているんだろうか。このひとは、私の母親は、なにを。
頭に血がかっと上った。声を、荒げる。
このひとは、どれだけ、私を____。
「別々に暮らすってこと? これから? いつまで?」
「そんな大それたことじゃないの、すこしだけ、落ち着いたら帰ってくるから、ね」
分かって頂戴、雪乃ちゃん。
じゃ、そういうことだから。
ママは私から逃げるように、その大きな荷物を抱えて外に出た。
パタン、とドアの閉まる音が、果てしなく遠いところから聞こえた。
私はただ、ぼうぜんと立ちすくんだ。
たすけて、だれか。
たすけて。私をここから、この場所から、この孤独から、救って。
涙さえ出なくて、ママの香水が残ったリビングで立ちすくす。
バニラのような甘いにおいがする。甘すぎる、匂い。
だれか、誰か助けて、だれか___芽衣。頭に浮かんだ、唯一の友人。
数時間前までの温かさは、もう心に、ない。
でも、
芽衣には、言えない。
あんな素敵な家で育って、あんな素敵に笑う子に、こんなこと、言えない。
だったら、
______先生。