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片時雨を抱きしめて
第3章 第三章 記憶
私は以前奨学金の相談をするときに教えてもらった先生の携帯電話番号を押していた。
お願い、出て。先生、出て。
「もしもし? 綿谷?」
その声を聴いた瞬間、視界が揺れて、頬を伝った。
「せんせい、たすけて」
私の震える声をきいて、先生の声がこわばる。
「いま、どこ」
「家」
「わかった。行くから。住所、教えて」
先生は十分と経たずに家にやってきた。インターホンが鳴り、震える手でドアをあけた。
「綿谷、どうした」
玄関口で先生は私の肩をつかんだ。しっかりしろ、というようにその肩を揺する。
私の視界はすぐに歪んで、う、と嗚咽が漏れる。
先生はあのときのように、私の言葉を優しく待った。
「親御さんは、いないの、今」
先生は私の少しの反応も見逃さないというように顔を覗き込んで私に問う。
小さくうなずく私をみて、私の肩を抱いたままリビングに入った。
「ママが、出てった」
ひく、と体を震わせながら私が絞り出した言葉は今の状況を説明するのに一番適切だと思えた。
「ママが、出てったの。今。彼氏の家で住むって言って」
その言葉を、繰り返す。いま、出てった、ママが。
言葉の間に、ひく、と息を吸い上げる音が入る。先生の手は、肩に添えられたままだ。

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