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異邦人の庭 〜secret garden〜
第2章 ブルームーンの秘密
「…お母様…。
大お祖母様のお誕生日会…どうしても行かなくてはだめ?」
紗耶は白く輝く「お母様のラボ」の入り口に遠慮勝ちに立ち、小さく尋ねた。

紫織が新しく届いたフランス産の精油…おそらくはマンダリンだろう…の薫りを確かめつつ、困ったように瞬きをした。
…白い麻のシンプルなワンピース…紫織はラボにいるときは、いつも白一色の出で立ちだ。
アロマ作りには、清潔感が大切だからだ。

たくさんのハーブや花、芳しいアロマの藍色の遮光瓶に囲まれた紫織は神々しいばかりに美しい…。
だから、自分の母親ながらも紗耶は近づくのさえ、気後れするのだ。

「気が進まない?紗耶ちゃん」
「…うん…」
リバティの矢車草模様のスカートの裾をいじいじと弄っている紗耶に、紫織は微笑んで手招きした。
「…こちらにいらっしゃい、紗耶ちゃん」

おずおずと近づくと、しなやかな白い腕が紗耶を優しく抱き寄せた。
…今日のアロマは…カモミールローマンだ…。
門前のなんとやら…で、紗耶は十四歳にして精油の薫りにはかなり詳しくなっていた。
カモミールローマンは「地面の林檎」というギリシャ語に由来する。
その名の通り林檎のような甘酸っぱい薫りがする。
母のような優しさと強さを併せ持つ精油としてとても人気なアロマだ。
特に子どもが落ち着いて眠りにつける働きがあり、ヨーロッパでは子どもの枕や寝具にアロマを一吹きしたりする。

…紗耶が寝つきが悪かったり、気分が沈んでいるとき、紫織はよくこのカモミールローマンを部屋に焚いてくれたり、レースのハンカチに染み込ませたものを持たせてくれた。

「…高遠のお屋敷に伺うの、そんなに嫌?」
背中を柔らかくさすられ、カモミールの薫りに満たされ、少しずつ気持ちが和らいでくる。
…もう十四歳なのに…お母様にこんなに甘えて恥ずかしいな…。
そう思いながらも、芳しい母の胸は居心地が良くて離れがたい。

「…お屋敷に伺うのはいいんだけど…」
「ええ…」
「…華子ちゃんたちが…いるし…」
しなやかな手は尚も優しく撫でてくれる。
「さすがにもう意地悪はしないでしょう?
華子ちゃんは高校生よ。
お母様には私からやんわりと申し上げておくわ」

「…でも…高遠のお祖母様にお会いするのが…怖いの…」

…口に出すと、鮮明にあのまるでお伽話の魔女のような強烈かつ脅威的な女主人の面影が蘇ってくるのだった。


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