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異邦人の庭 〜secret garden〜
第2章 ブルームーンの秘密
…今のは、現実に起きたことなのだろうか…。

紗耶は暫くぼんやりと成すすべもなくブルームーンの花のもとにしゃがみ込んでいた。

…千晴お兄ちゃまが、お母様を好き…?
愛していると情熱的に語り、一緒に逃げて欲しいとまで言っていた。
さながら何かの陳腐な恋愛ドラマのように…。

…まるで、別人みたいだった。
いつものお兄ちゃまではない…違う人のようだった。

それに対してお母様は…
お母様も千晴お兄ちゃまが好きなのではないだろうか?

千晴を抱きしめていた紫織の白い手が脳裏によぎり、再び激しく胸が痛んだ。

…それに…

お父様のことを愛しているかと聞かれて、分からないと言っていた。

紗耶にはそれが何よりショックであった。

…お母様はお父様を愛していると思っていた。
仲睦まじいご夫婦だと思っていたのに…。

誰よりも大好きな紫織に…そして千晴に裏切られたような衝撃を受けた。

…そこまで考えて…。

…ううん、違う…。
紗耶は激しく首を振る。

眼の前に気高く…神秘的に咲き誇るブルームーンの花に震える手を伸ばす。

…私は、嫉妬しているんだ。

柔らかな、天鵞絨のような手触りの花弁を撫でる。

…私は、お母様に嫉妬している。
千晴お兄ちゃまにあんなにも愛されているお母様に嫉妬している。

紗耶の小さな手がブルームーンを情け容赦なく握り潰す。
柔らかな美しい夢のように咲いていた大輪の薔薇は、一瞬にしてその花弁を散らし、紗耶の手の中でくしゃりと無惨に潰れた。
あえかな檸檬に似た芳香が立ち昇る。

紗耶は我に返った。
大好きな薔薇の花を握り潰すことなど、初めてだ。

「ごめんなさい…ごめんなさい…」
…花には何も罪はないのに…。

手のひらのブルームーンに、透明な涙が雨のように滴り落ちる。

「ごめんなさい…ごめんなさい…」
…そして…

「…でも…私はやっぱり…千晴お兄ちゃまが好き…」
声に出して泣きじゃくる。

…お母様しか愛していない…お母様しか見ていない千晴お兄ちゃま…。

けれど、千晴への切ない想いは変わらなかった。

紗耶は、届かぬ初恋への想いとブルームーンへの愛惜と…様々な感情に押し潰されそうになりながらいつまでも、美しく馨しくも哀しい薔薇の庭で泣き続けるのだった。

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