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異邦人の庭 〜secret garden〜
第11章 ミスオブ沙棗の涙 〜甘く苦い恋の記憶〜
藤木のマンションのエレベーターから転がり出ると、紫織は息を切らせながら藤木の部屋に駆け付けチャイムを鳴らす。
応答がない。
ドアレバーを回す。
…鍵は掛かっていなかった。
もどかしくドアを開け、叫ぶ。
「先生!」
玄関に入り、奥の部屋を見渡す。
紫織は茫然とした。
…家具は何ひとつなく、がらんとしていた。
白い壁だけが、眼に痛いほど突き刺さる寒々とした部屋だ…。
「先生!藤木先生!」
必死でその名を呼び続ける。
…不意に微かに空気が揺らめき、隣室から藤木が姿を現した。
黒いタートルネックのセーターにスラックス…。
黒いカシミアのコートに榛色のマフラー…。
先ほどの服装と同じだ。
紫織が贈ったマフラーを、まだしてくれていることに紫織はなけなしの勇気を振り絞る。
「先生!」
駆け寄る紫織に、藤木が鬱陶しそうに端正な眉を寄せた。
「何しに来た」
取りつく島もないとはこのことだ。
…まるで他人行儀…いや、それ以上だ。
厭わしいような冷たい眼差しを、藤木は紫織に投げかけて来る。
「先生…!
先生とちゃんと話したいの。
なぜ、こんなことになったの?
先生は…本当に婚約したの?」
…聞きたいことは山ほどある。
けれど、まだ信じられない。
これが現実なのか…。
悪い夢なのではないか…。
「ああ。婚約したよ。
昨年末だ。
見合いをしてね。もうすぐ、入籍する。
だから学院も退職して諏訪に帰る。
兄の病院に事務局長として勤務することになったんだ」
あっさりことも無げに言う藤木は、紫織の知らぬ藤木だ。
「…なぜ…?
何か事情があるんでしょう?
何があったの?
ねえ、教えて!
お願いだから、本当のことを話して!」
一縷の望みを賭けてその腕に取り縋る紫織を、藤木は煩げに冷たく見下した。
形の良い口唇が、皮肉めいた微笑みに歪められる。
「ないよ。
…あるとすれば、君に飽きたんだ。
それだけだ」
応答がない。
ドアレバーを回す。
…鍵は掛かっていなかった。
もどかしくドアを開け、叫ぶ。
「先生!」
玄関に入り、奥の部屋を見渡す。
紫織は茫然とした。
…家具は何ひとつなく、がらんとしていた。
白い壁だけが、眼に痛いほど突き刺さる寒々とした部屋だ…。
「先生!藤木先生!」
必死でその名を呼び続ける。
…不意に微かに空気が揺らめき、隣室から藤木が姿を現した。
黒いタートルネックのセーターにスラックス…。
黒いカシミアのコートに榛色のマフラー…。
先ほどの服装と同じだ。
紫織が贈ったマフラーを、まだしてくれていることに紫織はなけなしの勇気を振り絞る。
「先生!」
駆け寄る紫織に、藤木が鬱陶しそうに端正な眉を寄せた。
「何しに来た」
取りつく島もないとはこのことだ。
…まるで他人行儀…いや、それ以上だ。
厭わしいような冷たい眼差しを、藤木は紫織に投げかけて来る。
「先生…!
先生とちゃんと話したいの。
なぜ、こんなことになったの?
先生は…本当に婚約したの?」
…聞きたいことは山ほどある。
けれど、まだ信じられない。
これが現実なのか…。
悪い夢なのではないか…。
「ああ。婚約したよ。
昨年末だ。
見合いをしてね。もうすぐ、入籍する。
だから学院も退職して諏訪に帰る。
兄の病院に事務局長として勤務することになったんだ」
あっさりことも無げに言う藤木は、紫織の知らぬ藤木だ。
「…なぜ…?
何か事情があるんでしょう?
何があったの?
ねえ、教えて!
お願いだから、本当のことを話して!」
一縷の望みを賭けてその腕に取り縋る紫織を、藤木は煩げに冷たく見下した。
形の良い口唇が、皮肉めいた微笑みに歪められる。
「ないよ。
…あるとすれば、君に飽きたんだ。
それだけだ」