この作品は18歳未満閲覧禁止です
- 小
- 中
- 大
- テキストサイズ
異邦人の庭 〜secret garden〜
第11章 ミスオブ沙棗の涙 〜甘く苦い恋の記憶〜
京都へ向かうその日の朝、紫織は離れの蒔子の部屋を訪れた。
「…あちらでは曄子姉様の言うことをよく聞くのですよ。
曄子姉様は貴女が一流の淑女になるように厳しくご指導くださることでしょう」
早咲きの紅梅を生けながら、蒔子は相変わらず感情が読み取れない…けれど驚くほどに優し気な声で訓示を口にした。
蒔子が纏っている着物は、黒に銀糸を織り込んだ紋紗だ。
白い芙蓉の花が見事に描かれていた。
帯は手刺繍が施された古典の名古屋帯だ。
紫織は無感情にそれらを眺める。
…そうして…
「…お母様、今までお世話になりました」
三つ指を着く紫織を、蒔子はゆるりと振り返った。
「けれどお母様…。
私はお母様のような人生は決して歩みません」
蒔子の柳眉が僅かに顰められた。
「…はい?」
「私はお母様のように醜くて寂しい人生は歩みません」
京雛のような一重の瞳がきらりと光った。
「何を言うのですか?」
「お母様は誰も愛さないから、誰からも愛されなかったんだわ」
蒔子が珍しく語気を荒げる。
「紫織さん!お黙りなさい!」
「お母様はお父様に愛されなかった。
それはお母様が最初からお父様を軽んじて、愛さなかったからだわ。
自業自得なのにそれをすべてお父様のせいにした。
そして私の恋が妬ましくて、私と先生を引き裂いた。
…なんて醜くて、そしてお可哀想なお母様。
私は、お母様を憐れむわ」
しなやかに立ち上がる紫織を、蒔子は三白眼で睨みつけた。
「お黙りなさいッ!」
「私は誰よりも美しい人生を生きてみせるわ。
誰もが羨むような人生を生きるわ。
ひたすらに愛されて、満たされて、欲しいものはすべて手に入れて、誰からも賞賛されるような完璧な大人になるわ。
そして、完璧な美しい人生を生きるわ。
…お母様には決して手に入れることができないような人生よ。
それが私のお母様への復讐です」
暗緑色の織部の水盤が壁に投げつけられ、激しい音を立てて砕け散った。
「黙れと言ったのですよ!
貴女に…貴女に何が分かるというのですかッ!私の何が!」
蒔子の眼は血走り、薄い唇は震えていた。
…紫織は、少しも動揺しない冷静な自分に満足する。
「…さようなら、お母様。
私がこの家に戻ることは二度とないでしょう」
蒔子のヒステリックな叫び声を背に、紫織はうっすらと微笑みながら母の部屋を永遠に辞したのだ。
、
「…あちらでは曄子姉様の言うことをよく聞くのですよ。
曄子姉様は貴女が一流の淑女になるように厳しくご指導くださることでしょう」
早咲きの紅梅を生けながら、蒔子は相変わらず感情が読み取れない…けれど驚くほどに優し気な声で訓示を口にした。
蒔子が纏っている着物は、黒に銀糸を織り込んだ紋紗だ。
白い芙蓉の花が見事に描かれていた。
帯は手刺繍が施された古典の名古屋帯だ。
紫織は無感情にそれらを眺める。
…そうして…
「…お母様、今までお世話になりました」
三つ指を着く紫織を、蒔子はゆるりと振り返った。
「けれどお母様…。
私はお母様のような人生は決して歩みません」
蒔子の柳眉が僅かに顰められた。
「…はい?」
「私はお母様のように醜くて寂しい人生は歩みません」
京雛のような一重の瞳がきらりと光った。
「何を言うのですか?」
「お母様は誰も愛さないから、誰からも愛されなかったんだわ」
蒔子が珍しく語気を荒げる。
「紫織さん!お黙りなさい!」
「お母様はお父様に愛されなかった。
それはお母様が最初からお父様を軽んじて、愛さなかったからだわ。
自業自得なのにそれをすべてお父様のせいにした。
そして私の恋が妬ましくて、私と先生を引き裂いた。
…なんて醜くて、そしてお可哀想なお母様。
私は、お母様を憐れむわ」
しなやかに立ち上がる紫織を、蒔子は三白眼で睨みつけた。
「お黙りなさいッ!」
「私は誰よりも美しい人生を生きてみせるわ。
誰もが羨むような人生を生きるわ。
ひたすらに愛されて、満たされて、欲しいものはすべて手に入れて、誰からも賞賛されるような完璧な大人になるわ。
そして、完璧な美しい人生を生きるわ。
…お母様には決して手に入れることができないような人生よ。
それが私のお母様への復讐です」
暗緑色の織部の水盤が壁に投げつけられ、激しい音を立てて砕け散った。
「黙れと言ったのですよ!
貴女に…貴女に何が分かるというのですかッ!私の何が!」
蒔子の眼は血走り、薄い唇は震えていた。
…紫織は、少しも動揺しない冷静な自分に満足する。
「…さようなら、お母様。
私がこの家に戻ることは二度とないでしょう」
蒔子のヒステリックな叫び声を背に、紫織はうっすらと微笑みながら母の部屋を永遠に辞したのだ。
、