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異邦人の庭 〜secret garden〜
第15章 カーネーション・リリー・リリー・ローズ
紗耶ははっと口を噤む。
とんでもないことを、言いかけたのだ。
「…私…」
…なんてこと…なんてことを…!
思わず口唇を押さえる。
…なんてことを、言おうとしたのだろう…!
私には…私にはお兄ちゃまがいるのに…お兄ちゃまを誰よりも愛しているのに…!

これは、千晴に対しての裏切り行為ではないか。
藤木に対しても失礼だ。
勝手な…あやふやな、まだ不確かな想いを一方的にぶつけようとしたのだ。

「…すみません…私…どうかしていたんです…」
消え入りそうな微かな声で詫びる。
動揺する紗耶に静かに近づくと、藤木は傍らに腰掛ける。
そうして、穏やかに語り始めた。
「謝らなくていい。
大丈夫。落ち着いて…」 

紗耶は黙って首を振る。
…恥ずかしい…。
言ってはならないことを言おうとした自分の浅ましさが、恥ずかしい。
居た堪れない。
穴があったら入りたい気分だ。

「紗耶さんは、マリッジブルーなんだと思うよ」
「…マリッジ…ブルー?」
「うん。…結婚が少しずつ現実的になって、不安になって来たんだよ。
紗耶さんが嫁ぐお家は特殊と言ってもいい。
社会的立場や課せられた責務、受け継がなくてはならない歴史も、普通の家のお嫁さんとは異なる。
それが少しずつ見えてきて、現実逃避したくなったんじゃないかな…」
「…そう…でしょうか…」
「僕は君のお父様くらいの年齢だし、父親に甘えるような気持ちで僕を見ているんだと思うよ」
…諭すような言葉に、違和感を覚える。
「…お父様…?」
紗耶は長い睫毛を瞬いた。
「そう…。
きみはまだ父親的な人物に頼ったり、相談をしたりしてみたいんだよ。
それを、別の感情と勘違いしているんだ」

「…それは…ち、違うと思います…」
紗耶は勇気を振り絞り、反論した。

「…私、お父様にどきどきしたりしないわ。
胸が苦しくなったりもしないわ。
お父様といるときは、こんな気持ちにならないもの。
…私…先生をお父様みたいに見ているわけじゃないわ。
私…私は…」
…これだけは有耶無耶にしたくない。
いや、してはいけない気がしたのだ。
「私は、先生を…」
再び熱い胸の昂まりを吐露しようとした刹那、その震える口唇に藤木の長く美しい指が押し当てられた。

…熱い…沸るような熱を帯びた指だった。

「…それ以上、言わないでくれ…。
もし、その言葉を聞かされたら、僕は…君を…」





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