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異邦人の庭 〜secret garden〜
第15章 カーネーション・リリー・リリー・ローズ
「…ああ…良かった…紗耶ちゃん…」
紫織の美しい瞳から大粒の涙が溢れ落ちる。

流れ落ちる水晶のように美しい涙を、千晴はそっと拭ってやる。
「…申し訳ありませんでした。
大お祖母様のお灸が少し過ぎたようです」
そう落ち着かせるように微笑みかけると、紫織は小さく息を吐き…潤んだ大きな瞳で千晴を見上げた。

「…ごめんなさい…。千晴さん…。
貴方に一番ご迷惑をおかけしたのに…。
…紗耶ちゃんは…婚約者の貴方を裏切って…他の男性を好きになって…駆け落ちみたいに婚約式を台無しにして…。
いくらお詫びしても、し足りないわ…。
母親の私のせいでもあるわ…。
…だって…」
震える美しい口唇を千晴は長い指でそっと抑える。

「もうお泣きにならないでください。
…貴女のせいではありませんよ。
いや、紫織さんの方がずっと傷付かれた筈だ。
…僕は…紗耶ちゃんのお兄ちゃま以上の存在になれなかっただけですよ。
完全に僕の魅力不足です。
紗耶ちゃんは悪くない」

…それにね…と、千晴は朗らかに笑ってみせた。

「そんなに落ち込んではいないんです。
…いや、むしろ少し喜んでいるかな」
紫織が弱々しく美しい眉を顰めた。
「…喜んでいる…?」
わざと馴れ馴れしく寝台に腰を掛け、紫織の貌を悪戯っぽく覗き込む。
「…今回のことで、僕は貴女に大きな貸しができましたからね…。
僕がまたこんなふうに貴女のお側に侍っても、拒めないでしょう?」

「…千晴さん…!」
紫織が困惑したように、大きな瞳を見開いた。

「…そんな…およしになって…。
私は…」
寝台の中で身を捩り、千晴から背を向けようとする紫織の白くか細く美しい手をすかさず捉え、頰に当てる。

「嘘ですよ。
…そんな卑怯なことは、僕のプライドが許さない」

…でも…

そっと、仄かにダマスクスローズの薫りがする白い甲に唇を落とす。
眼を閉じ、懇願する。

「…今だけ…少しだけ…このまま、居させてください…」

…愛おしいひと…美しいひと…初恋の、忘れ得ぬひと…
誰よりも…特別なひと…。

…何も望まない。
ただ、こうして、このひとの芳しき薫りと柔らかな温もりを感じられるだけで、天にも昇る心地なのだから…。





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