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異邦人の庭 〜secret garden〜
第15章 カーネーション・リリー・リリー・ローズ
…蓋を開け、鼻先を近づける。
初夏のやや湿り気を含んだ空気に、香水が柔らかく溶け合う。
優しく愛おしい抱擁のように、芳しき薫りが紗耶の心を抱く。
…ああ、やはり…やはりそうだ…!
…深い深い森に咲く百合と、ひんやりと薄暗い森に息を潜めるような苔の薫り…。
そして、やや甘いカーネーションの薫りと…。
馥郁たる薔薇の薫り…。
…藤木の香水には、こんなに薔薇のエッセンスは含まれてはいなかったようだが、それでもベースの薫りは揺るぎない。
忘れるはずはない。
忘れられるわけがない。
紗耶の胸にいつまでも残る、甘く甘く、そして苦い恋の記憶の薫りだからだ。
「…先生…!」
紗耶は小さく呟いた。
きぬ子はそれに気づかず、にこにこと話を続ける。
「そのお友だちが言うにはね、その方は今は別れてしまった愛する人のために香水を作っているのですって。
とても愛していたけれど、あまりに若く可愛らしいお嬢様で…彼女の前途を考えてお別れしてしまったそうよ。
その人に似合う薫りを作り上げるために、フランス中の貴重な花の精油を集めて、ニースにある手作りの小さなラボで…。
…本当に、ロマンチックなお話よねえ…。
…あら…?」
きぬ子は漸く紗耶の異変に気づき、慌てて肩を抱いた。
「紗耶ちゃん?どうしたの?なぜ泣いているの?」
紗耶は白い頰に水晶のような清らかな涙を滴らせ、子どものように泣きながら…それでも幸福そうに微笑んだ。
「きぬ子さん…。
そのお友だちに…今すぐお電話…していただけますか…?」
初夏のやや湿り気を含んだ空気に、香水が柔らかく溶け合う。
優しく愛おしい抱擁のように、芳しき薫りが紗耶の心を抱く。
…ああ、やはり…やはりそうだ…!
…深い深い森に咲く百合と、ひんやりと薄暗い森に息を潜めるような苔の薫り…。
そして、やや甘いカーネーションの薫りと…。
馥郁たる薔薇の薫り…。
…藤木の香水には、こんなに薔薇のエッセンスは含まれてはいなかったようだが、それでもベースの薫りは揺るぎない。
忘れるはずはない。
忘れられるわけがない。
紗耶の胸にいつまでも残る、甘く甘く、そして苦い恋の記憶の薫りだからだ。
「…先生…!」
紗耶は小さく呟いた。
きぬ子はそれに気づかず、にこにこと話を続ける。
「そのお友だちが言うにはね、その方は今は別れてしまった愛する人のために香水を作っているのですって。
とても愛していたけれど、あまりに若く可愛らしいお嬢様で…彼女の前途を考えてお別れしてしまったそうよ。
その人に似合う薫りを作り上げるために、フランス中の貴重な花の精油を集めて、ニースにある手作りの小さなラボで…。
…本当に、ロマンチックなお話よねえ…。
…あら…?」
きぬ子は漸く紗耶の異変に気づき、慌てて肩を抱いた。
「紗耶ちゃん?どうしたの?なぜ泣いているの?」
紗耶は白い頰に水晶のような清らかな涙を滴らせ、子どものように泣きながら…それでも幸福そうに微笑んだ。
「きぬ子さん…。
そのお友だちに…今すぐお電話…していただけますか…?」