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異邦人の庭 〜secret garden〜
第16章 異邦人の庭 〜secret rose garden〜
「…それで紗耶ちゃんはもうフランスに旅立ってしまったのですか?」
千晴はゆったりと夏服の長い脚を組みなおし、紫織に尋ねた。

…テーブルに敷かれた下ろしたてのリネンの白さが眩しい。
天蓋の麻の幌が軽やかに風に靡く。
高遠家のイングリッシュローズガーデンでは、百種以上の薔薇がまさに百花繚乱の六月であった。

急遽政彦と紫織、そして三歳になったばかりの理人を招いてのお茶会を開いたのには、そんな理由があったのだ。
…紗耶は建前上勘当されたとはいえ、政彦も紫織も以前と変わらずに大変愛おしく思っている。
もちろん、千晴もだ。
だから、詳しい経緯を聞きたかったのだ。

「ええ。そのお話を聞いた翌日にはもう日本を飛び出して…。
私も政彦さんもかろうじて成田で紗耶ちゃんを見送れたの。
本当に取るものもとりあえず…でね。
紗耶ちゃんてば、ほとんど着の身着のままでしたわ」
呆れたように首を振りながらも、不思議なことに紫織はどこか嬉しそうだ。

「…全く…。
大学は卒業する約束だったのに。
あと半年足らずで卒業なのに、なぜ待てなかったのかな」
政彦は珍しく憮然としている。

「…貴方…」
紫織がそっと美しい眉を哀しげに寄せる。
政彦がため息をついた。
「ああ、分かっているよ。
紗耶ももう大人だ。
あの子は分別もある。
決して非常識なことはしないし、無鉄砲なこともしない。
…そう信じてるさ。
けれどね、彼がニースにいるとの情報だけで飛び出してしまった我が娘を、やはり両手をあげて賛成はできないさ」
…父親としては、正しい感情だ。

「…仕方ありませんわ。
理性もなく、居ても立っても居られずに、恋しい人のところに飛び込んでゆく…。
…それが恋ですもの」
唄うように囁き、家政婦の七重が淹れ直したダージリンを優雅に口に運ぶ。

「…紫織…」
政彦がやや焦れたように呟く。

「…おにいちゃま!ちはるおにいちゃま!
りひと、カエルをつかまえたの!」
乳母と中庭の池で遊んでいたらしい理人がぱたぱたと愛らしい足音を立てて、大人たちのテーブルに走り寄る。

千晴が目を細め、素早く…何より愛おしげに理人を抱き上げた。
「理人はカエルさんを触れるようになったんだね。
まだみっつなのに。勇敢だね。さすがは高遠一族の王子様だ」

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