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秒針と時針のように
第5章 一周してわかること
くいっと髪を上で束ねられ、毛先をくるくると回される。
カチンと簪が鳴った。
女将が手を止めたのは、それを口にくわえていたからだった。
「私は姉を二十歳の頃亡くしました」
女将がぽつりと話し出す。
雪が降り始めたのは同時だった。
「物心ついた頃から姉を慕っておりました。それは異常の域に達するほどで、私にはそれが恋だとはわかりませんでした。跡継ぎを決める時期になり、姉が県外の男性と駆け落ちしようとしていることを知りましてね。激しくその殿方を憎みました。そのとき気づいたのです。私は姉を心の底からお慕いしているのだと」
結い終わって女将が手を下ろす。
俺はそっと振り向いた。
「お客さん。強く想っている方ほど亡くすのは一瞬で御座いましょう。伝えることは無限とありましても一瞬で御座いましょう。ならば命ある限りそれを伝えることが自然の摂理に敵うのではないでしょうか。私は姉の墓前で初めて想いを告げましたが、今でも思うのです。もっと早く伝えていれば、運命の砂はもう少し踏みとどまってくれたのではとね」
そうして女将はにこりと笑み、懐から手鏡を取り出した。
「ご覧頂きましょう」
俺はそれを受け取って自分を見た。
涙が目に浮かんでいた。
美しい髪形よりも、そっちにばかり意識がもっていかれた。
「……ありがとうございます」
「いつでもまたこちらの庭にいらしてくださいな」
「はい」
そうして女将は仕事場に戻っていった。
その背中は泣いて見えた。