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秒針と時針のように
第5章 一周してわかること
 部屋の前に戻る。
 俺はそっと障子を開いて中を覗いた。
 朝日が弱々しく差し込んでくる中、拓は寝息を立てていた。
 あのアホ面とは違う。
 気難しそうに眉をしかめて、嫌な夢でも見ているかのように。
 俺のせい?
 揺った髪の重さに頭をもたげるように俯く。
 俺は手をそこに持っていき、簪を抜いた。
 瞬きする間もなくサラリと視界を埋める黒髪。
 頬を撫で、首筋をなぞって背中に落ちる。
 毛先の一本までもが肌に触れていくのを感じた。
 二三度左右に揺れて落ち着く。
 俺は手の中の簪を見下ろした。
 紅い紅い梅の花。
 筆遣いまで感じられる線。
 高いんだろうな。
 素人でもわかる。
 女将に返さないと。
 少し転がして遊ぶ。
 するといきなりガタンと音が目の前から降ってきた。
 見上げると拓が障子を開いて俺を見ていた。
「……おはよ」
「どこ行ったかと思った」
 機械みたいな声で言うから俺はにこりと笑って少し大きく答えた。
「どこにも行かねえよ。てめえと帰るんだからよ」

 宿から出るとき女将はいなかった。
 だから代理の男に簪を託した。
 男は女将の最も大切にしているものだと些か俺を訝しがりながら言った。
 もしかしたら女将は自分の願いを俺に叶えてほしかったのかもしれない。
 宝物を渡すことで。
 けど、必要ない。
 俺は俺が決めたことをやるんだ。
 隣の拓を見つめる。
「ん?」
「なんでもねえよ」
「そっか……」
 お互いに昨日の言葉を覚えてる。
 だから、ぎこちない。
 わかってるけど、ぎこちない。
 なあ。
 どっちが楽かな。
 このままと……
 そんな勇気もないくせに問うてみる。
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