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飛べないあの子
第3章 届きそうな距離
それからは凛の期待通り、平穏な日々を過ごしていた。
急に態度を軟化させることは難しく、ぎこちなさは残ったが、慧とも少しずつ話せるようになってきた。

「おはようございます」

雨の日の朝、駅から予備校に向かって歩いていると慧に声をかけられた。

「おはようございます」

慧が凛の横に並んで歩き出す。
白い半そでのシャツに細身の黒いパンツ。慧の仕事着はいつもシンプルだった。
傘を持つ腕は筋肉がほどよくついていて浮き出ている血管が男性的だったが、色が白く毛が薄い。

(色、白いなー・・・・・)

凛は三姉妹なのだが、日焼けしやすい体質のようで、子どもの頃の夏の写真を見ると一人だけ真っ黒だった。
紫外線対策をしっかりやって、一生懸命色白をキープしている身としては、おそらく何も対策をしていないであろう、生粋の色白の肌が羨ましかった。

「・・・・・・どうしました?」

凛が腕を凝視したまま何も言わないので、慧が怪訝な表情をしている。
今度は慧の美しい頬を凝視した。

(毛穴レスの陶器肌・・・・・・・・天はこの人に二物も三物も与え過ぎだ・・・・・・)

慧と話をしていると、パーツの美しさにどうしても目が奪われてしまうということが時々あった。

「中谷先生?」
「いえ・・・・・・。あの、西辻先生って、電車使ってないですよね?歩きですか?」
「はい。この前のあのスーパーの近くに家があるんです」
「そうなんですか・・・・・・」

だからあの日、帰ったと思った慧があそこで買い物をしていたのかと内心頷いた。

「俺が出没するなら、あの店行くのやめようとか思ってません?」

慧が凛に疑いの目を向けながら言った。

「思ってません。買いたいものがあれば、買いに行きます」

きっぱりと言った凛を見て、慧は満足げに微笑んだ。
話が特に盛り上がるわけでもなく、沈黙することも多かったが、少し前までは全く会話をしなかったことを思うと大きな進歩だった。



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