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籠の中の天使
第9章 告白
まだ仕事があるという南斗を保健室に残し、鉛のように重い足を引き摺ってあの街へ帰る。
帰った我が家はカニの生臭い匂いがする。
窓すらない部屋だと、その生臭い匂いで吐き気が込み上げる。
胃がカラになるまで吐いてから布団に潜る。
今夜も男と女の呻くような喘ぎ声を聞きながら、80年代の古びたユーロビートの歌を口吟む。
僕は彼女の恋人じゃない。
彼女は僕じゃない男に抱かれて眠る。
それでも僕は彼女が欲しい。
誰か僕を助けてくれよ。
そんな歌詞だったと思う。
南斗が好きな歌を乾いた心で歌い上げる。
抜け殻になった私は横たわったまま動けない。
自分が眠ったかすらわからない。
いつもの時間に家を出る。
無人になった街を抜けて、いつもと変わらない電車に乗る。
ただ機械的にそれをする。
南斗も北斗さんも私が普通の高校生になる事を望んでるから…。
いつものように学校へ行き、いつもと違うのは保健室でなく教室に登校したという事だ。
黙って自分の席に座り、ぼんやりと黒板を眺める。
「あれ?相原じゃん。」
一番に教室へ来たのは茂君だった。
彼は何も言わない。
私が返事をしなければ、黙って自分の席に座る。
少しづつ学生が登校して来る。
「咲都…、今日は教室?」
「終業式だけだもんね。」
「成績表とか嫌な物を受け取る日だけどね。」
「あ…、噂だと山科が宿題のプリントの追加を出すつもりだとか聞いたよ。」
上地さんと杉山さんが私を挟んで勝手に話をする。
大丈夫…。
南斗に頼らずとも、この程度なら一人で乗り越えられる。
心の中でそう呟く。
終業式を一人で頑張れたら…。
南斗は褒めてくれるだろうか?
それとも私を心配して前みたいに、もっと傍に居てくれるようになるのだろうか?
私に冷たい南斗に、ほんの少しだけ心配を掛けてみたかっただけだった。