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第26章 ニアミス

やだ、こんなの。
こんな女〈ひと〉の前で涙を見せるなんて悔しい。
顔を下に向けて、無理矢理笑顔を作ろうとした。
何秒かは保つはず。
俯き加減のまま、唇の端に力を入れながら一歩、また一歩近づいた。
彼女がいるのとはもちろん反対側の、櫂のすぐ隣に立ってスッと顔を上げる。
櫂と視線が絡む。
感情任せの言動なんて見せたくなかった。
ごめんね。短かったけど――

「バイバイ」

作った笑顔は、やっぱり涙で霞んでしまった。
「待っ……」
弾かれたような櫂の静止の声を背中で受けながら、そのまま歩調を速めて地下通路の階段を勢いよく駆け下りていく。
私に強さが足りなかったの。対峙しきれなかった。
耐えられる気持ちがなかったから、だから、だから、せめて。
「……っ……う」
嗚咽が漏れてしまったら、もう止められない。
視界が滲んで、滴が筋を作ってポタポタと頬を伝っていく。
身体が鉛のように重い。
でも、帰らなくちゃ。
ヒールの音が通路の床に鈍く響く。
さっきまでは軽快だったのに。
ぐすぐすと鼻をすすりながら、意思を持ったように流れる涙はいくら拭ってもおさまる気配はなかった。