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嘘の数だけ素顔のままで
第10章 孤立【2】
 日曜は父親の庭仕事を手伝った。コトブキは去年まで人間は永遠に歳を取らないものだと思っていた。それが今年に入ってから急にしょんべんが近くなったり、寝ていると背中が痛くなったり、ちょっとからだをぶつけただけで痣になったりする。ばか女に腰を振ったときの膝の震えを思い出していた。

 一度もセックスをしないうちに動けなくなってしまうのではないか、そういった恐怖がコトブキに庭仕事を手伝わせていた。父親の背中が心なしか小さく見えた。この日、サイトには一度もアクセスしなかった。


 翌朝、家を出ていく父親と母親は機嫌が良かった。朝食は普段よりウインナーが一本多かったし、父親は偶然テレビに映った鼻の大きい女優の名前をコトブキに訊いてきた。


 コトブキは三年仕事が続いた試しがない。幾何学的に複雑な職歴の中で一番長く続いた仕事が工場だった。その工場は街はずれの高台にあって他にも二十棟ほどの工場があった。

 午前中は何に使うかわからない部品の、恐ろしく長い英字と数字で組み合わされた型番のようなものを用紙に記入する。午後はラインから流れてくる部品をひたすら梱包する。やっと仕事が終わって外に出ると真っ暗だ。

 作業場の中には窓がなかったからタイムスリップでもしたような感覚に襲われる。本当にこのまま老人になっていく気がした。高台のせいか夜はいつも奇妙な鳥の鳴き声が聞こえていた。


 両親はおれが更生することを心から願っている。でも、それは両親の見当違いだ。おれは一度だってグレたことはない、そうコトブキは思っている。仕事を辞めても次に必ず探してくる。

 ただ、どうしても長続きさせることができない。根性がないとか、だらしないとか、大人になれないだとか、そういったものとは何か違うような気がする。もっと別な何か。世の中が自分にとってなぜこれほどまで生きづらくなったのかコトブキ自身わからなかった。


 母親は家を出るときコトブキに一万円をくれた。もし、コトブキがグレたとしたなら、それはきょうという日だった。車はパソコン教室とは反対方向に走っていた。


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