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マスタード
第2章 想い出の店
ホテルに戻ると今まで堪えていたものが溢れ出したように奏の目から大粒の涙が流れ落ちた。

「リサ・・リサ」

会いたい、もう一度だけでもリサに会いたい。
枕を涙で濡らして奏は眠りに堕ちていく。子供の頃に悲しいことがあると泣きながら寝てしまった時の感覚によく似ている。
大の大人になって情けないと思うけど涙は止めることができずに溢れてくる。

思い出すのはリサの温もりばかりだ。唇が触れた感覚、絡め合った舌の感覚、裸で抱き合ったリサの体温、息づかい、ひとつになった時の至福の暖かさ・・リサの全てがまるで今まで愛し合っていたかのように奏の中を駆けめぐる。

眠ったつもりが眠ってはいなくてリサのことだけを想って妄想の中にいたようだ。

「リサ・・ああっ、リサ」

気がつくとリサと結ばれた部分、まだリサの中にいた感触が残っている部分をまさぐっていた。

「リサっ、ううっ、リサ~っ」

リサとの思い出を汚すようなことをしてはいけないと思ったのだが、もう止めることはできなかった。
リサの名前を叫んでリサへの愛を大量に放出した。

リサをこんなことに遣ってしまった。確かにもう一度だけでも抱きたいけど、行為をしたいだけじゃないんだ、リサの全てを愛しているんだ、それなのに・・。

罪悪感や虚無感が襲ってくるが、同時に妄想の中だったとしても、もう一度リサと愛し合えた悦びも湧いてくる不思議な感覚になっていた。

「さようなら、そして、ありがとう、リサ」

裸のまま奏は大粒の涙を流した。

これが10年前の奏の恋物語だった。
だから『愛』には行きたくもあり、行きたくなくもありといった感情で、行きたくない気持ちも強いから店の場所を思い出せずにいるのだとも思った。

もちろん『愛』に行ってもリサがいるはずもない。でも、リサと一緒にいた空間でリサを感じていたいという気持ちも抑えきれないでいた。

もう10年も経っている。
しかしリサとの思い出はまるで昨日のことのようで、時が止まっていた。

前日は飲み会があって二日酔いだ。飲むのは好きだけど、山の上まで30分以上も歩く人のことも考えてほしいものだとも思う。

朝食は最高でも200円までと決めているので、駅の近くの24時間のスーパーで半額になった弁当があればそれで、なければ安いパンを食べてから電車に乗るのが奏の日課だった。


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