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マスタード
第8章 別離
そう思うとこの御時世の何もかもが恨めしくなってくる。でも・・。

「これで良かったんだ、これで・・」

この御時世のおかげで愛美も陽葵もこんな男から解放されることができた。自分には愛美たちの窮地を助けることもできなかった。本当に自分たちを大切に愛してくれる人を見つけられたんだ。

ビールテイストを買い足して再び駅に入る時にもう一度振り返って街並みを見る。

『囲炉裏』もない、愛美も陽葵もいないこの街にはもう来ないと思っていたが、それでもやっぱりこの街が好きだと思う。また来てしまうんだろうなと思って改札をくぐった。

電車の窓から美しい海を眺めてビールテイストを飲む。最高に贅沢な旅行なのだが、今の奏には海は何だか哀しく寂しい景色に見えていた。

不思議なもので行く時には電車に乗っている時間が物凄く長く感じるが、帰る時には電車が速く走っているように感じる。愛する街があっという間に遠くなっていくようだ。

愛美と陽葵のところへ帰って、また単身赴任の旅に出る時はいつもアンニュイな気持ちになっていたが、今回は特にアンニュイな気持ちになる。

そんな気持ちを誤魔化すようにビールテイストで流し込む。

海は夕暮れの景色になっていた。いつも電車でこの街へ帰ったり、旅立つのは昼間か夜だったので、夕暮れの景色を見るのは初めてだった。

美しい。そういえばグルビーズの歌の中には美しいサンセットを歌った神秘的な歌もあった。手にしたアルバムにも収録されているはずだ。

夕暮れの海を眺めていると愛美や陽葵との思い出が次々と浮かんでくる。そして頭の中にはサンセットの歌がヘビーローテーションで流れている。

まるで恋愛ドラマのラストシーンや総集編を見ているようである。
しかし、悲しい結末の恋愛ドラマになってしまったものだと思うとまた涙が溢れてくる。

電車は残酷な程の速度で奏をあの街から遠ざけていく。まるで、恋愛ドラマの世界から現実の世界に奏を連れ去っていくようでもあった。

「さようなら、今度こそ幸せになるんだよ」

奏は愛美と陽葵に乾杯をしてビールテイストを流し込むと夕陽が眩し過ぎるから、そっと目を閉じた。
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