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聞き耳
第1章 プロローグ
 淳也は手洗いの前で聞き耳を立てていた。
 
 シャーッと爽快にミストが幾重にも広がり散るような音が、シャンシャンと煩いセミの鳴き声に溶ける。
 
 ――叔母さんのトイレの音……。
 
 叔母の遠山マサミ《とおやままさみ》が用を足す音だ。
 
 淳也は喉を鳴らして生唾を飲んだ。
 
 パンツの中のペニスは、まるで芯が入ったかのようにグンと背伸びをして痛かった。
 
 音は、カラカラから、ザアァという高い場所から打ち付けるような水音に変わる。
 
 不意に手洗いの扉が開いた。よほど暑かったのかマサミの小さな富士額に玉のような汗が浮んでいる。頬をピンク色に染めた叔母の姿に慌てた。
 
 淳也は身体を翻した。手洗いの正面にある淳也が寝泊まりしているリビングルームに駆け込もうとする。
 
「淳也くん……何やってるの!」
 
 叔母の金切り声が淳也を制止した。
 
 リビングの前で立ち止まる。背後から子猫のように首根っこを掴まれて怒鳴られるかも知れない。淳也は肩をわななかせた。
 
「…………」
 
「お姉ちゃんに報告しないと!」
 
 マサミの眉間に筋が浮き上がり、黒目がちでアーモンドの形をした目が釣り上がっていた。マサミは淳也の母親の妹だ。彼女は尻のポケットからスマートフォンを取り出した。
 
「えっ、そっ、それは……」
 
 三十七歳のマサミはいわゆるバツイチ。子供はいない。が、容姿が悪い訳ではなかった。
 
 一七〇センチのスラリとしたモデルのような目鼻立ちがはっきりした美人だ。美人だが少し広角が上がったアヒル口で他人から話しかけられやすい。彼女と一緒に街を歩いていると、男性に必ず声を掛けられた。いつだったか、駅で高校生らしき男性からお茶に誘われて、逃げるように電車に飛び乗ったこともあった。
 
 マサミの肉厚の唇がへの字に歪んでいた。
 
 淳也は祖母の初盆ということもあって、母親と帰郷していたが、盆が明けてからも彼だけが寝泊まりしている。祖父も数年前に亡くなっていた。その子供たちは独立して、今はマサミだけが住んでいる。つまり、ひとつの屋根の下に淳也は女性であるマサミと二人だけということだ。
 
 それが叔母とはいえ……。
 
「だけどさあ、真面目に見えるけど、そんな変な趣味があるのね。淳也くん?」
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