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好きと依存は紙一重
第2章 jester
 水音が止まると、服を脱いでクローゼットに押し込んだ。髪を洗うとコンディショナー漬けにし、身体を洗ってから泡だらけの湯船に浸かる。
「ふぅ、極楽極楽……」
 大きく息を吐きながら腕を真上に伸ばし、湯船に寄りかかって泡に埋もれた。耳元でパチパチと泡が弾け、少しくすぐったい。

「姫さん、ね……」
 連の自分に対する呼び名を呟く。出会った翌日、「心の恩人で、お姫さんみたいに綺麗やさかい、姫さん」と、無邪気な笑顔で言った。顔が綺麗な自信はあるが、心と身体は汚い。そんな自分に姫さんなんて呼び方は似合わないと思ったが、未亜という名前も好きではないので、そのままにしておいた。

 バブルボタンとライトボタンを押す。底にある無数の穴からブクブクと気泡が浮き上がり、お湯が赤から緑へ、緑から水色へと変化する。
「神様ごめんなさい、好きになれません」
 学生時代に何度も読んだ詩集を思い返し、特に心に残ったこの1文を口にする。確か、時実新子だ。夫はとても素敵な人なのに、好きになれないという贖罪。未亜の記憶があっていたら、そんな詩だった。

 当時子供だった未亜は、どんなに素晴らしい人でも好きになれないものは仕方ないし、それだけその人に魅力がなかったのだろうと思っていた。罪悪感を抱える必要もないとも。
 だが連と知り合って彼に愛されるようになってから、この詩が痛いくらいに胸に刺さる。連は顔もいいし財力もある。学歴はどれほどのものか知らないが、自分自身が低学歴なせいか、人の学歴に興味はない。だが、頭はいいのだろうと話をしていて思う。何よりも連は、疑いようのないほど、未亜を溺愛している。
 恋人として、不足はない。むしろ自分にもったいないほどだ。それでも未亜は連を愛せない。ただ、依存しているだけ。
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