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桃衣の天使
第2章 ピンクな面会
 「だから気にしないでしたくなったらいつでも呼んで下さいね。」
 千歳はそう囁くと耳朶をペロンと舐める。背骨を通って腰まで快楽が走る。千歳を見ると悪戯っ子の笑みだ。
 全く大人の女性はずるい。笑顔一つで俺なんかコロッコロ転がされる。
 「当麻様。一日たちましたけど入院生活で不便な事はありませんか?」
 突然の話題転換に頭を回転させる。
 「不自由ねぇ。宿題かな?」
 首を傾げる千歳に夏休みの宿題のレポート製作が左手だとやり辛いと訴える。
 「まあ、慣れるしかないんだけどね。」
 そうなのだ。一応音声入力も出来るのだが発音やイントネーションがおかしいと何故こうなったと頭を抱えるような変換をしてくれる。これを直すのが結構手間なのだ。時間は掛かっても手打ちした方が精神的に楽なのだ。
 「あの、よければお手伝いしましょうか?」
 「有り難いけど宿題は自分でやらなきゃ。」
 「いえ、そうではなく。」
 千歳のアイディアにより俺の看護スケジュールに午前九時半~十一時半夏休みの宿題口述筆記というのが加わった。
 翌日隆美に口述筆記で国語のレポートを打ち込んでもらっているとドアがノックされ返事を待たずに女性が入ってきた。紺色の上着に白のパンツルック。足元は体育館シューズみたいな靴を履いてる。女らしいと言うより凛々しい、颯爽としてるという印象を受ける身のこなしだ。
 隆美は一礼するとスマホを置く。
 「はじめまして。理学療法士の猪上笑子です。」
 聞き覚えのない役職だ。隆美に視線をやるとリハビリの先生だと教えてくれた。
 「リハビリはハッキリ言って痛みを伴う地味で辛いものですが、」
 と、説明が始まるが早々に待ったをかける。
 「あ、そういうのいいです。痛いだ辛いだなんて、ガキみたいな事言わないんでガンガンやって下さい。」
 リハビリが辛いというのはよく聞く話だが痛かろうがなんだろうが社会復帰するには必要ならやるしかないではないか。
 猪上さんは呵呵大笑する。
 「判りました。一日も早く歩けるようになるように一緒に頑張りましょう。」
 と左手を差し出す。薬指の指輪が既婚であると訴えている。ボーイッシュな猪上さんがベッドでどんな声を出すのか興味があったが諦めるしかないだろう。柔らかい手と握手しながら内心で溜め息をついた。
 出ていく猪上さんを見送って隆美が微笑む。
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