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第8章 8
(あー・・何 言ってるの・・・、私ってば・・・)


真っ赤に俯いた紗織の顎をつかんで男が顔を上げさせる。


「面白いことを言うな、お前」


 何度同じキスをされても胸が苦しい。

食べ物の味を味わうはずのその器官を、
こうやって互いに交わし合うことが、とても正しい使い方とは思えないのに。
何故、こんなに心が震えるほどの価値を生み出すのだろう。
この男と だからこそ、生まれる感情なのだろうか。

湧き上がる自分への問いに、再び認識させられてしまう。
答はもう、出てしまっているのだから。


 これ以上ないほどの甘さを湿らせた男の舌が、
紗織の口唇を割ってその咥内に入り込む。
その蠢く感触に 紗織は僅かに自分の舌を伸ばして吸い付いた。
男にまわされている腕だけでは足りなくて、
紗織は自分の両腕も そろそろと男の素肌を這わせ、身体に絡ませる。

触れ合う舌が 熱くて その熱気が脳にまで伝染しそうだ。




(あ・・・ やば・・ こんな時、だっていうのに、 どうしよ・・・)


不意に訪れた空腹感に、悪い予感を覚える。
紗織は自ら深く絡ませた舌を引き抜き、男の胸を手で押しやって身を離した。
それを男がそう簡単に許すはずもなく、また強く抱き寄せられてしまう。


「ま、待って ちょっと・・・ッ」


紗織は慌てて身を離そうと、その腕の中で暴れる。


(もう!!ほんとに だめなんだって! うわ・・・)


 きゅる・・る るる・・・・


(わーーーーーーー!!!!!)





 男の押し殺した笑い声が聞こえる。


恥ずかしさのあまり身体を硬直させる紗織に
男が笑みを浮かべたまま優しく語りかける。


「すぐに・・・食事を用意させよう。
 俺はもう済ませているからな。
 風呂はその後に入れ」


何時の間にか、部屋の外に揃えられていた
かすり掛かった紺青の浴衣に男が袖を通す。
紗織は沈黙を守ったまま、手渡された自分の分を急いで身に纏う。


「それとも俺と一緒に入るか?」


「ッ・・・・絶対に 嫌!!」


真っ赤に染まって声を荒げる紗織を一瞥して、男は部屋を出て行った。
男の見せた最後の表情に、
また、紗織は口を半端に開けたまま固まった。
今までに紗織が記憶している限り、男の微笑はもっと酷く冷たい感じで、
絶対に そんなふうに微笑んだりしない人だと思っていた。
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