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第11章 11
「おい ・・・いつまでそうしているつもりだ?」



長い沈黙を破って 男が声を発した。


「起きろ  俺の声が 聴こえないのか」


紗織の顔は人形のように その睫の一筋も動かすことがない。
頬に添えた手を裏返して、鼻の下へとそっとかかげる。
僅かな空気の流れが、指先をくすぐる。
ただ見ているだけでは、呼吸さえも止めてしまったように思える。


「例え 意識はしなくとも 無意識の中でなら。

 俺の声ならば届くはず  お前になら届くはずだ」


男は顔を 昏々と眠る紗織の耳元に近づけ、言った。


「起きろ」


もう一度、紗織の顔を眺めた。
 何の反応も感じられない。
何度もくちづけたその唇は、はっきりと淡紅色を呈して閉ざされている。


(やはり無理か・・・。 届いてもいないかもしれない。

 いや、必ず聞こえてはいる。
 確かめることは出来なくともそう確信が持てる。

 何故なら俺も聞いたのだから)



暗く短い夢の中で響く 甘く囁く細い声。



  ねえ・・・私のこと・・・・・ 好き?



 答えが出なかった。どちらの声かも分からなかった。
 でも今なら分かる。


「あれはお前の声だったのだろう?」


呟くように男は言った。

甲斐甲斐しく世話を続ける実和によって
櫛で撫で梳かされ、綺麗に手入れのされた黒髪を、ふと指先で弄んでみる。
やはり直ぐに手を放して顔に戻し、顎の辺りを滑らせた。

男は、紗織のぴくりとも動かない顔に向かって ただ静かに話し始めた。


「俺は お前に黙ってはいたが、決して嘘はついてはいない。
 姉を・・・愛していたのは本当だ。
 お前を手に入れたのは、姉に生き写しだったからだ。

 だから
 最初は代わりになればそれでいいと、 そう思っていた・・・・」




どんなに似ても、それは異なるもの。
頭でいくらそう認識していても、ずっと胸の奥で鬱積した想いに
堪えきれず、あの夜 吐き出した。

姉ではなく、ただ一人の女として
ずっとそう呼びたかった名前を、思わず口にした。
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