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第12章 12
  泣かないで


そう発したはずの唇が、掠れた吐息だけを吐いて、その形に動いた。

涸れた喉に声が張り付くように出てこない。


紗織はそっと 男の左の瞳に唇を寄せ、その透明な涙を吸い取った。
自分がいつかそうされたように

男は紗織の唇が触れた途端、少し怯えるようにびくりと身を竦ませた。

紗織はかまわず 今度はその右目に また柔らかく口付ける。


男は何も言わずにふっと身体の力を抜いて 瞼を下ろす。

甘い塩気を含んだ液体は 唇から染み入って
紗織の渇いた喉を潤した。





天高く 隅々まで晴れ渡った秋空に 君臨する太陽の光が
薄い透明な窓ガラスを透過して 降り注ぐ。

白い病室の ふわふわと温められた空気が 二人の身体を優しく包み込んだ。
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