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第13章 番外 前編
実和は、早織の美しい声色にうっとりとしながら、
秀麗な面に、柔らかな笑みを浮かべて答えた。


「私こそ、早織お嬢様のお世話させて頂けること、とても光栄に思いますわ。
 それよりもお嬢様。私のことを、“さん”付けになどなさらないで下さい。
 そんな恐れ多いこと。どうか呼び捨てになさって下さいませんか?」


実和の顔をみて、嬉しそうに微笑む少女は
その外見とは裏腹に 無限の時を生きる比丘尼のような、不思議な雰囲気を持っていた。


「そう?では貴女も、私のこと早織って呼び捨てにしてくれる?」


早織の口からは意外な言葉が発せられた。その内容に実和は困惑する。
主を呼び捨てるなど、考えられもしないことだった。
端整な眉を微かに顰めて、実和は答えた。


「それは・・・出来ませんわ」


「じゃあ私も貴方のこと、実和さんって呼ぶわ。
 私、そのほうが呼びやすいんですもの。宜しいでしょう?」


主の少女はそういって、いつか聞いた鈴の音のように、ころころと笑った。



実和は、早織の居屋を下がるとすぐさま、
もう一人の 屋敷の住人にも、顔合わせの挨拶に向かう。

彼女が今から会おうとする少年は、
気立てが良く優しい姉とは対照的に、常に無表情の上に無口で
恐ろしく利発な子だけに何を考えているか分からないと、
使用人たちの間で専ら囁かれているのを実和は聞いていた。
必然的に彼のもとに向かう足取りは緊張を含みだす。


「本日からここで働かせて頂きます、実和と申します。
 どうぞ宜しくお願い申し上げます」


端整に調った顔の、目元の涼しげな少年に そう言って頭を下げた。
雅斗は 初めて会う人間の顔を 無言でしげしげと見つめた。
微かにではあったが、緊張した実和には露骨とも感じられる仕草で、
深夜の闇を思わせる色の目を 嫌悪感の宿した面持ちで薄っすらと細めては 眉を顰めた。


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